とても暖かいものがレイの上で寝ていた、レイは倒れてから二日も寝たきりで起きる様子すら伺えないほどの重傷だった。
身体のほとんどは凍傷と低体温症から来る体内組織の破壊、それは間違いなく死を意味していた、だが奇跡的にもレイは生きていた、その証拠にまだ息はある。脈もあった。
「眠り続けてから丸二日か……」
隣の部屋でアデルとガズル、アリスがそれぞれカップを手に持ってレイの事で心配していた、アデルは帽子をかぶったまま。ガズルは少し厚手の服を着て帽子は取っている。アリスはそのままの格好でそれぞれ椅子に座っていた。
「メルって子は無事だったけど、問題はレイだったなんて誰が想像したよ。でもメルもそろそろ体力の限界じゃないか? あれから丸二日寝ずの看病をしてるんだぜ、俺ならとっくにぶっ倒れてるよ。今は寝てるみたいだけどな。それにしてもレイは無茶をしてくれたぜ全く」
アデルが小言を連発する、気持ちは分かるが今それを言わなくても良いのではないかとガズルは口をとがらす。アリスは二人の意見とは別にメルの事を心配していた。
「レイ君は大丈夫でしょう、なんて言ったってあんた達の仲間なんだから。問題はあのメルって女の子よ、以前は中央大陸で見掛けた事はあったけど、あの子身体が弱かったはずよ?」
両手をあごのしたに組み目を細めながらメルを心配するアリスの顔があった、メルを起こさないように小さな声で呟きながら続ける。
「……あんた達ねぇ、その不思議そうな顔で私を見るの止めない? 私だって女の子だよ、それも年頃の。同じ年代の女の子が男の子を看病してるのよ? 何であなた達はレイ君の看病をしてやらないの? 何で全部あの子に押しつけたりしたのよ!」
「別に押しつけた訳じゃない、メルがそうしたいって言うから」
アデルが苦い顔をしながら言った、アリスが呆れた様子でため息をつく。そして席を立つ。
「私、メルの様子を見てくるね」
そう言って部屋を出た。
「……馬鹿奴等」
ほぼあきらめ顔で隣の元自分の部屋のドアを開けた、ゆっくり音を立てないように慎重に開ける。
(……メルさんはともかく、このままじゃレイ君が危ないわね)
近くにあった椅子に座り暫く考え込んだ、そして自分のバックの中をあさる。
「何か、薬は」
「……ん」
ベッドの方から突如声が聞こえた、後ろを振り返り声の主を確認しようとアリスが立ち上がる。メルだった。ゆっくりと身体を起こしてアリスの方に目をやる。
「アリスさん、何をしてるんですか?」
「え、薬とか無いか探してたんだけど……」
「そうだったんですか、ちょっとビックリしました」
慌てて笑顔を作るメル、だが何処か寂しそうな一面も見られた。
「ほら、あんたの分もあるから飲みなよ。二日間も寝ずの看病してたんだ、身体だってもうボロボロでしょう?」
「あ、有り難うございます」
鞄の中から薬を一つ取り出しそれをメルに差し出した、不器用に受け取るとそれを水も無しに一気に飲み干した。カプセル状の薬はするりと喉を通った。
「それにしてもタフだね、以前中央大陸で会ったときは全然弱っていたのにね」
「そうですか? これでも結構辛いんですよ」
笑いながら答えた、今度は本当の笑顔で笑った、以前に比べると少しは元気になっているかのようには見えるがそれも彼女が作り出す幻影だった。
「それにしてもレイ君は幸せだね」
「幸せ?」
「幸せだよ、こんなに可愛い女の子に看病して貰ってるんだからさ」
「ちょっと、止めて下さいよ。からかわないで下さい」
「からかってるつもりはさらさら無いよ、本当の事を言っただけだもん」
アハハと少し意地悪気味に笑った、ムスッと顔を歪ませて笑うアリスの顔を睨んだ。でもすぐにメルも笑い出した。
「もう、冗談が過ぎますよ……」
「冗談じゃないってば、何時になったら起きるんだろうね彼」
話を切り替えて方向を未だ眠り続けるレイの方を見た、苦しそうに眠るレイの顔は酷く歪んでいた。歯をがちがちと振るわせながら青ざめた表情で天井を向いたまま眠り続けている。
「このままじゃ、明日が峠だね」
「そんな!」
「辛いかも知れないけど、これが現実だよ。それに……」
アリスはそこで喋るのを止めた、彼女はなぜそれほどまでにメルが泣いているのか、身体が震えているのかを理解出来なかった。
理解したのは暫くしてからだった、最初は俯いたまま泣いていた彼女は次第に大声でレイの名前を呼びながら彼に抱きつくようにして泣いた。
「メル……あんた」
「えっぐ……え…………えっぐ」
泣き続けるメルからは何も言葉が返ってこなかった、ずっとレイの事を抱きながら突然声がと切れた。
「……メル?」
呼んでも返事は帰ってこなかった、黙ったままレイの身体を抱いている。
「ちょっとメル!?」
「……」
「冗談はやめ」
メルの元に急いで駆けだし肩を揺らした、するとメルの身体は力が入っていないみたいにだらんとしていた、レイの頭の上に置かれた腕は顔のすぐそばに落ちた。
「メル……メル! メル!?」
力の入っていない身体はとても重かった、とても女の子の力だけでは持ち上げる事は出来なかった。
「メルーーーー!」