ガズルが部屋に戻ったのはそれから大分経ってからの事だった、アデルがシャワーを浴びて浴そうから出てきたときだった。
「よう、何処に行ってたんだ」
「……」
ガズルは何も言わずにテーブルに腰掛けた、椅子ではなくテーブルにだ。
「なんだよ、ぶっきらぼうだな」
「お前に言われたくないぜ」
アデルはいつもの服に着替えて椅子に腰掛ける、そして目の前のパンに手を伸ばした。堅めできつね色をした美味しそうなパンだ。それをアデルは律儀にちぎって食べる。隣の牛乳にも手を出した。
「んで、どうだったよ?」
「何の話だ?」
「とぼけるなって、さっきまでアリスと一緒に屋上にいただろうが」
「何で知ってるんだ!」
とっさの事でガズルはテーブルから飛び降りて驚いた表情をした。アデルは悪気がなかったように淡々と喋る。
「俺の気配に気付かないなんてまだまだだな、悪いと思ったが盗み聞ぎさせて頂いた」
「盗み聞きって、どの辺りからだよ」
アデルは天井を向いてしばし考え、そして話を聞いていたときの事を思い出した。
「確か、俺達の過去話からかな?」
「過去話って、ほとんどじゃねぇか!」
ガズルは顔を真っ赤にして怒った、アデルはなだめるように苦笑いをしながら
「怒りたいのはこっちだぜ、てめぇもなんだかんだ言ってアリスに惚れてんじゃねぇかよ! 大体なんだ、俺に謝りながら告白するってのはきたねぇぞ!」
ガミガミと怒鳴りだしたアデルを止める事は出来ず、ガズルは壁の方へと追い込まれていく、正論を叩き付けられると流石のガズルも言い返せないらしい。
「大体テメェはなぁ!」
「うるさいわよ、この黒帽子!」
突如後ろから脳天を殴られアデルはその場に蹲った、ガズルは目を点にしてアデルを殴った人間を見る。暫くしてアデルが殴った張本人に襲いかかろうとした。
「痛てぇ! なにしやが」
アデルの手はすぐに止まってガズルと同じく目を点にした。
「へぇ、私を殴れるのアデル君?」
二人の前に仁王立ちしているアリス、アデルはすかさず壁の方へと避難しガズルの横に付く。
「い、いつから居たんだ」
「確か、大体テメェはの所から」
いつから自分の背後にいたのかを確認する、ガズルは慌てながら冷静に答える。
「はぁ、全くもぅ。何であんた達二人はこうも馬鹿なの?」
ため息をつきながら静かにそう言った、その言葉に二人は反論出来なかった。正論、そう言ってしまえば全てが終わってしまうが二人はどうしても言葉が出なかった。
思えばおかしな話でもある、今し方告白された彼女がこうして目の前で自分たちを説教している、何故そんな事が出来るのだろうか。とても気まずいに決まっている、それどころか会うのさえ恥ずかしいだろう。だが彼女はこうして二人の前に現れた。
「……ばか」
そう言い残して自分の部屋に戻っていった。
「焦った」
「同じく」
二人は同時にため息をついてその場にしゃがみ込んだ。そしてお互いを見て笑った、暫く二人は笑いながらお互いを馬鹿にし合い喧嘩寸前の所で止めた。
「あれ、幻聖石の光が消えてる」
「へ? 本当だ」
ガズルが言ってアデルがうなずいた、そして二人はもしかしてと思い部屋を飛び出した、アデルはそのままホテルの外へ、ガズルはアリスを呼びに隣の部屋に駆け込んだ。
「着いたよ、メル」
レイが幻聖石をしまうと二人はその場に落ちた、落ちると言うほど大げさな高さではなかった、街の入り口より少し入った所でレイはメルを抱いたまま着地した。
「……」
メルからは返事がなかった、あまりの寒さと睡魔、何より先ほど霊剣を振り回したあたりから体調不良を訴えていた。ただの疲労だろうと本人は言っていたが、疲れ果てて寝てしまったのだろう。そしてそれはレイにも言えた事だった。
「ははは、もう僕って言わなくても良いんだな。俺も眠いや」
レイはそう言うとメルを抱えたまま倒れた、エーテルの使い過ぎによる限界だった。
「ここまで来て行き倒れかな、ちきしょう……ついてないな」
倒れて尚意識はしっかりとしていた、だがそれもすぐに睡魔に襲われる。
雪が二人の身体に重くのし掛かるように積もっていく、身体は冷え切っていて冷たかった、とても人間の体温ではないぐらいに冷たかった。半袖で無茶をしすぎたからだ。
「ごめん……な……ア……デル…………」
そして深い眠りについた。