幻聖石が光る下で二人は黙ったまま飛行を続けていた、レイは俯いたままメルを抱きしめメルも黙ったままレイを抱きしめていた、お互いに落ちないように。

「僕は」

 レイはその一言を言ったまま次の言葉を出さなかった、頭の中では言葉が見つかっているのにそれが口に出せなかった、メルが悪い訳じゃない、自分の心の弱さに何時しか怒りの感情がわき上がってくる。
 そしてまたしばらくの時間が過ぎた。

「そういえばねレイ君」

 沈黙を破ったのはメルだった、思い出したかのようにゆっくりとだが話し始めた。

「前に会った時にお話ししたおとぎ話覚えてる?」
「あー、確か幻魔戦記とか幻魔大戦とかって名前の?」
「そうそう、あれって実話の可能性があるんだって。本当かどうか分からないけど」

 幻魔大戦、それはおとぎ話として伝わる大昔の大戦の話。八人の魔族が古の王を倒す英雄記。まだ帝国がきちんと機能していた時代、魔物狩りや野獣討伐といった治安維持組織として活動が盛んだった当時の帝国。
 魔族や人間とはお互いに干渉し物々交換や共存をしていた。
 物語の始まりはこうだ、むかしむかしある所に。子供に聞かせるため緩和的に表現された絵本のようなもので、いつの時代も男の子は英雄記に憧れ、女の子は主人公に恋を寄せる。そんなよくありふれたおとぎ話。

「僕も昔師匠に聞かされたことはあったけど、あれって実在した証拠なんて殆どないんでしょ?」
「そう言われていたんだけれど、一年程前かな? 西大陸の北側に巨大な岸壁に囲まれた島があるじゃない、あそこでおとぎ話に出てきた大きな樹によく似たのが発見されたって帝国側の調査団が発表したの」

 おとぎ話に登場する大きな巨木、話の中では幻魔樹(げんまじゅ)と呼ばれている。星のエーテルを吸い成長する大きな大きな巨木。長年星から吸い取ったエネルギーは膨大で、話の中ではそのエネルギーを使って異世界の魔王を召還し世界を滅亡させようと企んだ一人の学者が居た。
 その学者については多くの謎があり、今でも幾つかの憶測が飛び交っている。これは帝国とは別の勢力がおとぎ話を伝承として語り継ぐための機関。詳細は分かっていない。
 時々ギルドを通じて本が発行されるが、ギルド側は執筆者の事を公開しない。この本が影響を呼び帝国側でも正式な調査へと腰を上げている。だが帝国が調べているのは自分達に有利になる情報のみ、その例えが先ほどの幻魔樹である。膨大なエネルギーを蓄えている幻魔樹をどうにか利用できないかと研究をしているともっぱらの噂だ。

 因みに、帝国とギルドは犬猿の仲である。それは先の執筆者非公開に至る。
 ギルド側が隠しているその執筆者、いや研究機関の持っている情報を帝国も喉から手が出るほどほしいのである。理由は先に述べた通り。
 現在の技術では大樹に蓄積されている膨大なエネルギーを抽出する技法がない。帝国に従事する法術士達は研究者から転換した未熟者ばかり、鍛錬された法術士は世界にも数が数えられている程度の人数しかいない。さらに深く掘り下げれば、まだその大樹が幻魔樹であった証拠はない。外見やおとぎ話に登場する場所が一致しているだけである、しかし状況がとても酷似しているのも事実。
 世界にはおとぎ話による大戦(以下、先の大戦)の傷跡が実は所々見受けられるのも事実、一説には昔の人々が先の大戦とよく似た戦争を元に書いた伝記とした仮説、もう一つは実際に先の大戦は存在していたとする仮説。現在はその二通りの解釈がある。どちらも信憑性はとても低い。

「ギルドが発行してる本でなら読んだことはあるけど、実在した大戦だなんて想像がつかないな。今だからこそってのもあるんだろうけど、人間と魔族の共存が僕にはとても信じられない」
「確かにそれはあるよね、でも伝承には確かに共存していた時代もあったって話だよ」

 二人はゆっくりと滑空しながら子供のころに読んだおとぎ話を思い出しながら会話する、先ほどの緊張はどこへ行ったのやら。まだ子供の彼らには色恋沙汰より英雄が活躍するおとぎ話のほうが話題としては花が咲く。

「不思議といえばレイ君の持つ剣も不思議だよね」

 メルが疑問に常に疑問に感じていた話題を振る、そういえばレイが持つ大剣について触れた事がないのでここで触れてみよう。

 レイが持つ大剣、名を「霊剣:ゼロ」という。とても大きな剣だ、柄の長さ四十センチ、刃で二百センチ程。刃の幅は三十センチ。文字通りの大剣、いや巨剣である。柄から刃の中心に沿って数センチの空洞が開いていて中央にクリスタルがはめ込まれている、クリスタルの中には透明な液体が七割ほど入っている。持ち主本人もこの霊剣については詳しく知らない。彼の父親ガルシスより託された遺品である。
 特徴はその巨大さにあらず、不思議な力によって霊剣は現在レイしか扱うことができない。もしも他の者がこの剣を扱おうものなら途轍もなく重く構えることすら困難になってしまう。
 だがレイはその剣を軽々と持ち上げる、いくらか法術によって筋力を増加しているとは言え大男が両手で持ち上げることも不可能な重さを誇るこの剣を、十二歳の少年が振るうことなど到底かなわない。だが彼は扱えてしまう。彼らの師匠、カルナック・コンチェルトをもってしてもこの霊剣を扱うことができなかった。
 処で、どうして何も説明されず遺品としてレイに渡ったこの剣の名前が分かっているのかというと、柄の部分にその名が彫られていたからである。現代語ではなく古代文字で。

「その古代文字も二千年は昔の文字だよね、どうしてそんな剣が残っているんだろう?」
「わからない、父さんは骨董品を集める趣味もあったからどこかで購入したのかもしれない。でも父さんはこの剣を扱えていたんだよなぁ」

 そう、ガルシスはこの剣を扱うことができた。なので正しくはレイ以外に扱えるのはガルシスただ一人だった。しかし五年前にガルシスはこの世を去っている。今現在この霊剣を使えるのはレイただ一人なのである。

「不思議だなぁ、レイ君以外は持つこともできないなんて信じられない」

 滑空を続けていた二人は一度付近の山に着地する、滑空した距離はかなりのもので山を一つ越えたぐらいだった。この山を越えれば麓の街が見えてくるだろう。

「ねぇレイ君、一度でいいから私にも持たせて」
「いや、駄目だよ! メルの手がつぶれちゃうよ!」

 右腕をブンブンと縦に振る、長距離の移動で疲れたのだろう。そこに隣で目を光らせてレイに頼みごとをするメル。だがレイには簡単に断られてしまった。

「大丈夫、持てないとわかったら直ぐに手を放すから」
「……そういうなら」

 腰につけてるポーチから幻聖石を取り出すと霊剣の姿に変えた、そっと地面に霊剣を置くと手を放す。メルは暗い中でその刀身をマジマジと見つめる。

「本当に大きいんだね」
「僕もこれ以上の大剣は見たことがないかな、重たいから気を付けてね」

 そういうとメルは小さく頷き、両手で霊剣を手に取った。

「え!?」