ゆっくりと仰向けになると右腕から流れる血を最後のエーテルで止血した。同時にカルナックは気を失う。この日、この世界から最狂の称号は消え去り、また一人の伝説がこの世を去った。この男、エレヴァファルが過去に孤児院を襲ったのは地位や権力、金に目が眩んだ訳ではない事を訂正しておこう。この男の本当の目的、それは全力のカルナックと戦いたかったのだ。しかし並大抵の理由ではカルナックは全力を出すことは無い。指定危険種との戦闘ですら八割程度の力しか出しておらず、初めてカルナックの全力を見たのは四竜討伐の時だった。その光景がエレヴァファルの目には輝いて見えていた。
彼は羨ましかったのだ、これほどまでに強い男が身近にいることを。その男と戦いたい、全力で戦いたい。だがカルナックの全力を出すことなぞできなかった。そう悩んでいた時、反逆罪に問われそうになった時に思いついた大義名分が孤児院の襲撃だ。思いついた時エレヴァファルは歓喜した、そうなればきっとカルナックは全力で自分を殺しに来る。あの美しくも恐ろしい迄の姿をもう一度見られる、あまつさえ戦うことが出来る。それこそが彼の思惑だった。「最狂」、その称号はまさに彼に相応しく、また彼を表現する一言がそれであった。彼が最後に見せた笑顔、それはカルナックと全力で戦えたことに対する感謝と、楽しい一時を過ごせた安らぎだったのかも知れない。
「うわぁ!」
先を急ぐレイが声を出して壁に寄りかかった。カルナック達の戦闘により洞窟全体が揺れていた、階段を下りているレイ達四人もその振動を受け体のバランスを崩す。揺れが収まることは無くひどくなる一方だった。
「なんっつぅ戦いだ、こんなの人間同士の戦いじゃねぇぞ!」
その後ろ、アデルも流石に経験した事の無いコレを異常事態だと予想する。あの時、無策に飛び掛かったはいいが相手が本気で殺しに来ていたら今頃自分はどうなっていたのか、考えるだけでも冷汗が流れる。
「剣聖と互角に戦える人間がいるなんて聞いてねぇぞ!」
文句を言ったのはガズルだ、彼もまたこの振動で足元を掬われて転びそうになっている。初めてカルナックと出会った時の印象から先ほどの彼を同一人物と認識することに抵抗を感じていた。いつも沈着冷静なカルナックが殺意を剝き出しにし感情に任せて刃を振るう姿を見た事が無かったからだ。
「エレヴァファル・アグレメントだ、昔カルナックのオジキと一緒に四竜を討伐した仲間の一人だ。話だけは聞いたことがあったがカルナックと交流を持つ奴ってのは大体化け物ぞろいだなまったくよ!」
一番後ろにでしりもちを付いているギズーが喚く、彼等四人は揃ってこの振動の中動くに動けずにいた。一刻も早くレイヴン達の後を追わなければならないのだがこの揺れの中階段を下れというのが無茶な話である。
「四の五の言っても仕方ない、みんな一気に下るよ」
先頭にいたレイが三人に呼び掛ける。するとこの揺れの中足元の階段を蹴って一気に下り始めた。一段一段降りていては確実に追いつくことが出来ないと悟ったレイは先の見えない下り階段を飛び降りる様に飛んだ。それに続いて残りの三人も同様に飛ぶ、そうやって四人は一気に階段を下りきると明かりが見えてきた。その明かり目がけて最後の跳躍を四人はした。
階段を下りきるとそこは空間が広がっていた。二十メートル程の段差がありその下には平な地面が広がりその向こうは更に崖になっている。その崖の手前に人影が二つ見えた。レイヴンとシトラだった。最終階層に降り立った彼等はすぐさま異常を感じた。先ほどまで寒いほどの温度だったがここだけなぜか以上に熱い。その正体は直ぐに分かった、溶岩だ。崖の奥から溶岩が噴き出している。真っ赤に焼ける岩石が解けてどろどろの溶岩を作り出している。まさに地獄のような場所だった。あまりの暑さに四人の額からは汗が噴き出している。
「レイヴンっ!」
アデルが叫んだ、その叫び声は空間の中で反響しレイヴンの耳へと届く。気が付いたレイヴンとシトラは振り返ると不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。
「意外と早かったじゃないかアデル君、シトラから話は聞いているよ。剣聖結界を取得できたんだってね」
細い目が静かに開くと何とも冷たく冷酷な視線が彼等四人を襲う。思わず竦んでしまいそうな視線だった。その隣でシトラも笑顔でこちらを見つめている。二人は互いに自分の獲物を幻聖石から取り出すとそれを四人へと向ける。次にレイヴンとシトラはそれぞれ剣聖結界を発動させ、レイヴンは炎、シトラは氷が足元から広がる。
「しかし一足遅かったですね、まもなく瑠璃は姿を現し私達の物になる!」
叫ぶレイヴンの後ろで噴き出した溶岩は天井にまで登り、ゆっくりと落ちていく。その中、ひと際輝きを放つ巨大な宝石が姿を現した。不気味に光り輝く巨大な宝石、神苑の瑠璃だった。
「これが神苑の瑠璃、『幻魔宝珠』! なんと素晴らしい輝きだ!」
その宝石はレイヴンとシトラ二人の間に下りてくると再び怪しい輝きを放つ、レイ達四人は一瞬で感じ取った。その感じた事の無い変質なエレメントを。いや、エレメントと呼べるものなのか。そして彼らは察する、この宝石を巡る戦いが始まると。
「君達は知っているかい? ここが紅の大地という別名を持っていることを」
レイヴンが唐突に語りだした、レイ達はそれぞれの獲物を取り出して構えている。ここへ来る途中カルナックも同じようなことを言っていたが真相までは語られていなかった。足元を見ても格別赤くもなんともない。もしや溶岩の明かりでそう見えるのだろうかと思ったがそれも違うようだ。
「折角だ、この洞窟の本質を見せてあげよう」
すると神苑の瑠璃は見る見るうちに小さくなりレイヴンの手に収まるほどの大きさにまで縮んだ。左手で受け取りそれを前に差し出すと瑠璃は一段と輝きを増した。目が眩むほどの光がその場を埋め尽くしていく、視力が回復した時彼らの足元に転がる物と鼻につく嗅いだことのある匂いがした。
「っ!」
レイは足に何かがぶつかる感触を覚えてそれを見た、骸骨だ。無数の骸骨がそこら一面に広がっている。そして嗅いだことのある匂い、それは血の匂いだ。骸骨を埋め尽くすほどの血が大量に流れている。
「なんだこれ!」
アデルが血だまりに埋もれた足を引き上げて骸骨の上に乗る。だがその骸骨もすぐに崩れてしまいまた血だまりへと足がはまる。十人や二十人なんて規模じゃない。何百人の骸が転がっている。
「これが紅の大地と言われる由縁よ、この宝石に見せられた人の夢の跡。それがここよ」
今までずっと黙っていたシトラがついに口を開いた、その口調からは今まで一緒に旅をしてきたときの様なお道化た口調ではなくなっている。これがシトラの本性なのだろう。それはあのカルナックですら見抜くことが出来なかった。
「気を付けてね、そのどれかが私の仲間なのだから」
一段と声が低くなった。
「シトラさん、何で……何でこんなことをっ!」
思わずレイの口から飛び出した言葉をシトラは蔑んだ目で見る。その表情はまるで汚いものを見るかのような目をしていた。右手で顔を覆って俯いた後髪の毛を掻き揚げてもう一度レイ達をにらむ。
「何で? そうね、例えるのであれば――」
レイブンが左手に持つ瑠璃を宙に放る、それと同時にシトラが瞬間的に詠唱を初めて封印法術を唱え始める。レイ達はそれに迅速に反応してそれぞれが距離を取る。
「幻魔様復活の為かしらね!」
瑠璃が一瞬で凍り付いた。天井と瑠璃が氷で繋がってぶら下がるように凍り付いた。そして同時にレイヴンとシトラが動いた。レイヴンはアデルとガズルへと、シトラはレイとギズーに向かって同時に突進する。四人はそれを見逃さなかった。互いに距離を取っていた彼等としては一人ずつ相手にできる絶好のチャンスでもあった。だが相手はカルナックが最初に育て上げた弟子の中でも最強の分類に入る剣帝序列筆頭と結界法術を使わせたら右に出るものが居ないシトラだ。少しでも油断をすればそれは死につながる。
レイヴンは炎帝剣聖結界を施している、そのスピード火力共に素のアデルでは到底かなうことは出来ない。しかし対抗策は練っていた。アデルの元へと飛び込んできたレイヴンの刀がアデルの首を跳ねようと襲い掛かる、それをアデルは二本の剣で受け流す、するとその後ろに居たガズルが即座に重力球を作り出すとレイヴンの頭上へと放り投げる。受け流したアデルも同時に二本の剣をそれぞれ逆手に持ち替えて横一線に剣を叩きこんだ。重力球の影響を受けているレイヴンは一瞬だけ体に通常の二倍の重力を感じる、そう二人の思惑は攻撃は避けるとしてそのスピードだけでも殺せないかと考えたのだ。結果二倍の重力を受けたレイヴンの動きが一瞬だけ鈍る。だがレイヴンの判断力は速かった。身動きを少しでも封じられてしまったのであれば目の前に迫りくるアデルの攻撃を防御することは不可能、それならば。
「避ければいいだけの話ですよ」
体を後ろにのけ反ってアデルの斬撃を避ける、鼻上すれすれのところで二本の剣は交差して避けられてしまった。上体をのけ反っていたレイヴンはそのまま反撃に出るつもりでいたがそれは不可能と悟る。目の前に現れたのはガズルの姿だった、空中に飛んで重力球の真上に体を構えている。右腕を振りかぶって思いっきり重力球に打撃を叩きつける。するとその重力球は形状を変えドリル型になりレイヴンを真上から襲う。船での戦闘以来彼等と見えるのは久しぶりであるがあの短期間でここまでの成長を成し遂げたのかとレイヴンは笑っていた。最狂の部下というだけあって性格までも少しばかり似ているのかもしれない。左肩にガズルのドリル上の重力球を受けた。が、かすり傷程度だった。二人の攻撃は止まらない。ガズルはその体制のまま左手で重力波を作り出すとそれをレイヴンに叩きつける。真っ黒な重力波は彼の体を包み込むとそこにアデルの剣激が走る。横一線にもう一度振るわれたツインシグナルが確実にレイヴンの体をとらえる。しかし金属音と共にそれは貫通していないことを知る。
真っ黒で外が見えない状態のレイヴンにはアデルの攻撃が手に取るように分かっていたのだ。それはアデルから流れ出る殺気。それから見える未来予知にも等しい洞察で体を真っ二つにするために放たれた斬撃を刀で受け止める。レイヴンの法術ギアが一段上がった。覆い被っている重力波を自身の炎法術で吹き飛ばした。二人はそれぞれ別々に飛ばされたがレイヴンの目標は依然としてアデル一人に向けられている。壁にまで吹き飛ばされたアデルは大の字で壁へと激突する。そこにレイヴンが猛烈な勢いで迫ってくる。
「面白い、面白いですよアデル君!」
「そうかい! そうかい! 俺はちっとも面白くねぇよ!」
前のめりに倒れこもうとする体に力を入れてレイヴンを睨んだ、左手に構えるツインシグナルを逆手から順手に持ち替えて突進してくるレイヴンに向けて突きを放つ。が、首を捻ってそれを簡単に交わされてしまった。その直後アデルの腹部に激痛が走る。レイヴンの刀が刺さっていた。口から少量の鮮血が飛ぶと歯を食いしばってレイヴンをにらみつけた。レイヴンに向けて右手のグルブエレスを横から叩きこむがそれも簡単に避けられてしまう。
「甘いですよアデル君、そんな速度で私に傷をつけることが出来ますか!」
「甘いのテメェだ!」
レイヴンの体が急にアデルの元から離れた、離れたというより吹き飛ばされたと言うべきだった。アデルだけを見ていたレイヴンはガズルの存在をすっかり忘れていたのだ。そのガズルが後ろから走ってきて二人の間に割って入るように飛び込み体を捻ってレイヴンの顔面に左足で蹴りを入れていた。吹き飛ばされたレイヴンだが刀を放すことは無かった。弾き飛ばされたと同時にアデルの腹部に突き刺さる刀はずるりと抜けてレイヴン共々吹き飛ぶ。アデルの傷口からは大量の血が流れるがそれを炎の法術で焼いた。傷口を塞ぐための行動だった。
変わってレイとギズーに向かって飛び込んだシトラは飛びながらも法術を唱えている。左手に構える杖が見る見るうちに凍り付き槍へと形状を変えた。その速度のままレイとギズー二人に攻撃を仕掛ける。レイのすぐ目の前に落下すると足元の血だまりが噴き出す。レイが左手でそれをガードすると突如目の前に氷の槍が出現した。血だまりを目くらましに使いその隙に自分の獲物を突き出していた。
レイの左腕に突き刺さるかどうかという処で急に槍の進路方向が左にずれる。レイの顔面スレスレを氷の槍が通過した。咄嗟にギズーがシトラの槍をシフトパーソルで撃ち抜いたのだ。その判断、命中、速度共に一流と言える実力にまでこの数日間で成長していた。レイはバク転をしてシトラとの距離を取ると霊剣を頭上に振りかぶる。そのままシトラ目掛けて振り下ろすが氷の槍によって斬撃を受け止められてしまった。
シトラは攻撃を受け止めた瞬間体を捻って体ごと槍を旋回させる。対象物が無くなった霊剣はそのまま地面に振り下ろされてバランスを崩す。そこに氷の槍が横一杯に振りかぶられてレイの体を真っ二つにしようと飛んでくる。
だがその刃も途中で止まってしまった。ギズーが左手に構えるロングソードを逆手に持ち替えてレイと氷の刃の間に割って入る。無理な体制のまま右手のシフトパーソルを背中からシトラに向けて数発の弾丸を発射する。その一発が彼女の右頬を掠めていった。
「中々いいコンビネーションじゃない、でもこれはどうかしら!?」