『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~

 抜刀の途中だった刀を鞘へと納めるとメルへと視線を移した。ゆっくりと床に着地しするメルだが体中のオーラが消えたとたんに糸が切れた操り人形の様にバランスを崩した。それをすぐさまレイが受け止めて抱きかかえる。

「一体全体何がどうなってるんですか先生」
「話は後です、先にメル君を休ませてあげましょう。あれだけ膨大なエーテルを消費した後です、意識を保っているのが不思議なくらいです」

 確かにメルの意識は朦朧としていた。だが一体彼女のどこにそんなエーテルが貯蓄されていたのだろうか、彼らの目に映っているメルはその辺にいる普通の女の子である。格別旅人と言う訳でもなく、仮に旅人というには貧弱すぎる。しかし実際に起きた事を考えるとその考えを改めなくてはならない。法術が苦手というアデルですら剣聖結界発動でまともに操作できる精神寒波の抑制を普通の一般人が――それも氷雪剣聖結界を身にまとっているシトラの精神寒波を跳ね退け体を束縛する法術をカルナックより先に解除した技量、その二つを取っても尋常ではないことが分かる。

 ソファーに寝かせられたメルを心配そうに見つめるレイとプリムラ。その後ろでカルナックは一度深呼吸をして事の次第を整理し始めた。

「参りましたね、シトラ君がまさか帝国側にいるとは思いもよりませんでした。てっきりフィリップ君の元で仕事をしているとばかり思っていたのですが」
「そんな事よりこれからどうするんだよおやっさん、レイヴンだけじゃなくシトラまで相手じゃ流石に分が悪くねぇかこれ」

 アデルの言うとおりだ、剣聖結界使いが二人になってしまった事により戦力は均衡もしくは彼方側が多少有利になっている。流石のカルナックと言えどレイヴンとシトラの二人が相手では分が悪い、そこにレイ達四人の力を合わせたとしてもどれほど持ちこたえられるか正直不明だ。

「私も……一緒に行きます」

 突然聞こえた声にカルナックが反応する、額に濡れたタオルを当てているメルがか細い声を上げていた。
「駄目だよメル危険すぎる、君はアリス姉さん達と一緒にここで待つんだ」
「そうですよメル君。レイ君の言う通り相手は剣聖結界使いです、危険すぎます」

 レイとカルナックが続けて説得するがメルは首を横に振って上体を起こした。

「嫌です、レイ君に牙を向けた人を私は許すことが出来ません。それに私ならシトラさんの結界を抑え込むことが出来ます、連れて行ってください!」

 しかしまだフラフラとしているその体を見て誰がうんと言えるだろうか。否、気持ちは有り難いが先ほどの事を考えるともって数秒、抑え込むことが出来たとしても直ぐにエーテルが底を付いてしまえば話にならない。

「それでも駄目だよ、シトラさんの目を見ただろう? わずかな間だけど一緒に旅をしてきた時のシトラさんとはもう別人なんだ、僕達を全員皆殺しにしようとした目だ」

 もう一度レイが優しい顔で諭す要因話した、その顔を見てメルはレイの気持ちが絶対に曲がらないと知る。あきらめたのかもう一度ソファーに横になるとカーディガンのポケットから一つの指輪を取り出してレイに渡す。

「じゃぁせめてこれを持って行って、法術を緩和することが出来る指輪……シトラさん相手ならきっと役に立つから」

 無理をしていただろう、指輪を渡すと意識を失ってしまった。完全にエーテル切れである。指輪を右手人差し指にはめると立ち上がってアリスにお願いをする。

「メルをよろしくお願いします」
「分かった、けどちゃんとみんなで帰ってくるのよ?」
「はい、必ず」

 その日、彼らは翌日を待つことなく荷物をまとめて旅立つことにした。一刻も早く帝国より先に瑠璃を確保するために彼等五人は旅立つ。


 近隣の街にて馬を調達した五人、夜通し馬を走らせて封印の洞窟へと急いでいた。
 封印の洞窟はカルナックの家から馬で五日程、帝国本部から部隊を率いているという情報から徒歩と推測するに三週間は掛かる。帝国が動き出したと情報をキャッチしたのは今から二週間と数日前、ギリギリ同着かレイ達が少し遅れて到着するような日数だった。

 しかし初日に夜通し走ったお蔭で時間の短縮は出来ただろう、このままのペースで走っていくべきなのだろうがそれでは馬が疲弊しきってしまう。なので二日目の夜は野宿をして馬共々一緒に休むことになった。
 野宿と言ってもキャンプと言っても過言ではないかもしれない。カルナックの荷物の中にテントが幾つか用意されている。それと同時にこの寒い冬の時期に外で寝泊まりをすることを考えたカルナックはとっておきをカバンから取り出した。
 それは何時しか見た陽光石だ、それもかなり純度の高い陽光石で一週間は使い続けても壊れない代物である。しかし彼らはもはや驚くことはなかった、レイ達四人はもうカルナックが何を取り出しても驚くだけ疲れると知っていた。貴重品や骨董品等々様々な希少アイテムを所持するカルナックにその都度突っ込みをするのも野暮な話である。

 再び雪が舞い始める、レイ達にとって今年三回目の雪だ。帝国軍の拠点がある北部に行けば積雪量も増えたりするがここ南部で大量な降雪はあまり記憶にない。温暖な南部では年に一度雪が降れば珍しいとも言われる、今年の冬は何か特別に寒い気もする。それは五人が感じていることでもある。雪は夜通し降り続き積雪は観測史上最高を記録した。

 三日目の朝、最初にテントを出たのはレイだった。辺り一面銀世界だった昨夜から引き続き驚いたのはその積雪量だった。膝下まで積もった雪はレイの瞳には異常事態ともとれる程に見えていた。先ほども述べたがこれ程の降雪量はこの地方にしては珍しい、まして南部の平地でこれ程ともなれば北部は一体どうなっているだろうと考えてしまっていた。続いて出てきたアデルも同じように驚く、だがこの積雪が彼らの足を止める結果となってしまう。昨夜まではそれほど積もっていなかったからこそ馬で駆け抜けてくることが出来たがこれでは馬はもう走れない。ショートカットするために山を越えようとした事が裏目に出てしまった。急いでカルナックのテントに向かい外を見る様に促す、するとカルナックは表情を曇らせてしまった。

「困りましたね、これでは馬は使えません」

 試しに積もった雪を踏みつけてみる、ずっぽりと足が埋まるほど柔らかい雪だった。やはりここから先馬で移動することは適わない。まだ山頂付近、下手に下りれば雪崩も引き起こす可能性も出てくる。困り果てたカルナックは懐から煙草を取り出して指で火をつけた。それを見たアデルがカルナックに自分の分もとすり寄ってくる、思えばレイと出会ってからずっと吸っていなかった煙草に我慢が出来なかったようだ。しかしカルナックはそれを拒んだ。子供が吸っていいものではないと説教じみた事を言いながら自分はプカプカと煙を吐き出している。それがアデルは悔しくて仕方がなかった。しかめっ面で悩んでいるところにレイが一つ提案をする。それは以前に一度だけ使ったスカイワーズ使用の提案だ。人数分は無いものの一台につき二人までなら乗ることが出来る。それは以前にメルと山を滑空した時に実証済みだ。すっかり忘れていた存在を思い出して準備をする。その間朝食の支度を整えて調理を始める。

 食事が出来た処でレイの作業も完了した、試作機含めて三台が運用可能であることが分かった。これで五人ギリギリ山を下りることが出来る。乗り合いはこうだ、レイとアデルで一台、ガズルとギズーで一台、そしてカルナックで一台の計三台。食事を終えると馬を放してテントを片づけ始める、忘れ物等が無い事を確認した後それぞれスカイワーズに捕まって各自その場を飛んだ。

 初段ブースターで空高く浮かび上がるとそのまま滑空を始める、先頭にレイ達、二番目にガズル達がきて最後にカルナックのスカイワーズが飛んでいる。その速度は以前のソレとはかけ離れたスピードを誇る。馬と同じかそれ以上の速度で滑空をし三十秒後に二番目のブースターが火を噴く。初段ブースターで上昇した距離よりも遥かに高く飛び上がった。

「あーあー、聞こえますか?」

 突然耳元でカルナックの声が聞こえた、彼等五人の耳には小さなプラスチックが挟まっている。これもカルナックが持ち合わせていた骨董品の一つだ。古代の技術で作られた通信機器でエーテルを媒体とする。エネルギーもその装着者のエーテルを養分に起動するが、座れる量は微々たる量だ。だがこの中で一人だけ聞こえない少年がいる。ギズーである、彼はエーテルを持ち合わせていない。カルナックとは逆に一切エーテルを持たずに生まれてくる人間もいる、これは一年に百人いるかどうかだがカルナックの様に異常な性質ではない。その為ギズーの代わりに一緒に滑空してるガズルが全体の声を伝える。

「聞こえますよ先生、こちらは感度良好です」

 最初に渡された時は何だろうと思った四人だが、その効果には驚きが隠せない。通信範囲は然程大きくないが半径十キロ程度なら届く古代の遺産だという割には保存状態が極めて良好なところも驚かされる一つでもある。

「結構です、目の前の小さな山を越えればあとは平坦な道のりです。この速度なら明日のお昼には到着するでしょう」

 意外と近いところにあるのだと四人は考えたが、発見されてから幾年。噂が広がりいつしか人が立ち寄らない場所になっていた為人が立ち寄らない場所がどうなっているかを知る。眼下に広がる白銀の世界だが人が通れるような道などあまりない、獣道と化したそれらは必然と人間を遠ざける。故に秘境となることが多い。ここもその一つと言える。中央大陸南部の最東端、手前に広がる山々によって塞がれた天然の要塞が更に人々を遠ざける。その結果が此処だ。
 数時間彼らは滑空を続け小さな山の頂上付近に降り立つ。そこから先に広がる景色に四人は驚いた。
 まだ先は長く続いているがカルナックの言う通りの地形が広がっている。人が立ち寄れない天然の要塞とはよく言ったものだ、それは森だった。森がしばらく続き岩石によって形成されるドーム型の洞窟らしき物。
 それがはるか遠くに見えている。思わず唾を飲み込むレイ、想像していた場所とかけ離れていることにその時ようやく気付いた。この場所を発見した人も凄いがそれ以上にあそこへ挑戦した旅人達が数多くいる事実に驚愕する。人の探求心とはこんな場所でも強く働くものなのだろうかと。しばし彼らは言葉を発することが出来ずにいた。

 スカイワーズによって消耗したエーテルを回復させるついでにそれぞれの蓄積した疲れを癒すべく今日はこの場でキャンプを張ることになった。明朝彼らはまたスカイワーズでこの山を下り森の三分の一をあたりに着地できればあとは突き進むだけ、小さな点に見えた洞窟だが然程の距離が無いとカルナックが言う。やはり到着時間は翌日の正午を少し回った辺りだろう。それまでに今日の疲れを癒すことに五人は専念する。

 雪は相変わらず降り続いている、これで足場はさらに悪化するだろうと予想される。しかし彼らの身体能力を生かせばそこまで難しい事ではないだろう。並の人間と一緒に考える方が的外れである。その日彼らは明日の積雪量なんて会話にすらしなかった。

 四日目、最初に目を覚ましたのはカルナックだった。時刻はまだ早朝の五時頃、目覚めるにはあまりにも早い時間だった。原因は周囲の異変である、いち早く人の気配を察知したカルナックは音を出すことなくゆっくりと起き上がり傍に置いてある刀を手にする。冬のこの時間あたりはまだ真っ暗でしかも周囲に生えている木々が視界をさらに遮る。

 その中足音が一つ、二つ――全部で四つ確認できた。
 テントの隙間から外を除くが周囲に人の影は無い、だが確実に誰かがいる。最初レイ達四人の誰かが起きたのだと思ったが寝息は未だ四つ聞こえる。となれば第三者の存在を疑うのが必然である。

 最初にカルナックは目にエーテルを集中させて視界の明度を上げる。そこに映りこんできたのはショットパーソルを構えてこちらへゆっくりと近づいてくる帝国兵が四名、位置を確認するとカルナックは速やかに行動に出る。
 テントから勢いよく出ると一番前にいる帝国兵の首を刀で飛ばした、この兵士は幸せだったかもしれない、これから起きる殺戮を見ることも無く恐怖を感じることも無く死ねたのだから。

 そこからは残りの三人に恐怖が襲い掛かる。

 突然倒れた先頭の兵士を見た三人はショットパーソルを構える。
 だがその暗闇の中カルナックの姿をとらえることは出来ない、二人目の胴体が二つに分かれた。それを見た残りの二人は悲鳴を上げる、突然目の前で起きた事に恐怖を覚えたからだ。
 だが敵の姿は視認できない、何処から襲ってくるか分からない現状がさらなる恐怖を招く。三人目の体が真っ二つに左右に分かれる。

 血しぶきが最後の一人に掛かり恐怖のあまりその場にしりもちを付いた。錯乱した兵士は元来た道へ引き返そうとするがカルナックがそれを許さなかった。
 膝下を切り落とし移動手段を奪う、次に両腕を根元から切り離し、最後に自分の姿を見せる。兵士にはこう映ったであろう。鬼が居ると。あまりの恐怖にアドレナリンが大量分泌され痛みはおそらく感じていない、だが自分の両足両腕がどうなっているかぐらいは確認できる。
 力を入れようとするが無いものに力など入ることも無く、その場でジタバタと暴れるしかできなかった。

「御機嫌よう、そして――」

 小さく呟きながらその兵士の首を跳ね飛ばした。絶命した兵士四人を眼下に見下ろし。

「御機嫌よう」

 静かに納刀した。