広く、どこまでも続く草原があった。ただ水平にどこまでも続く地平線、遠くのほうから流れてくる風は草を揺らしながらどこまでも吹いている。
 そこに一人、草原のど真ん中に立つ少年がいる。レイだ。風が流れる音と草が揺れる音だけがそこに響く。辺りを見渡しても誰もいない。彼しかそこには存在していないかのように。

「何もない」

 ぼそっと呟いた、首を振りあたりを見渡すがどこまでも続く地平線だけが彼の目に映っていた。

「自分との闘いって、先生は僕に何をさせるつもりだろう」

 ゆっくりと歩き始めた、何処までも何処までも長く続いている道なき草原を歩く。もちろん彼には見た事のない場所である、記憶の中にも、人々の話でも聞いたことのないこの広い草原。空はよく晴れていて太陽の光が心地良い、風もおそらく南風か、どことなく暖かく感じる。四季でいえば春、ちょうど昼下がりのような感じだった。

 歩き始めて数分、気が付いたことがある。進みながら後ろを振り返ると自分が歩いてきた場所に足跡がついていなかった。いくら軽いレイの体重とはいえ膝下まである草を踏めば茎は折れ曲がる。だが彼の歩いてきた場所は歩く前と変わらない状態になっている。

 とても不思議な現象だった、ふと自分の足元を見る。そこには確かに折れ曲がった草がある、試しに足をどかしてみるが草は折れたままだった。一度首を傾げ腑に落ちないまままた歩き始める。
 変化があったのは一時間ほど歩いた時だった。青空だった空は急に曇りだし、冷たい北風が突風となって彼の体を襲った。思わず目をつぶってしまうレイ、再び目を開けた時そこに草原はなかった。