感謝の気持ちをいつかまた。

次の日の国語の時間。
やはりクラスの一軍たちは、先生の話を聞く様子はなかった。

だがそれに動じない大きな声で授業を進めていた。それをクラスの一軍達も意識しているようだった。

授業が終わる10分前。先生は自分のおすすめの本を持ってきていた。


「みんなにも読んでほしい、本の紹介します。良かったら聞いてほしいな」


そう言って自分の手元の本を見てそれから前を向いて堂々と好きな本の話をしていた。
その姿は私にとても響いた。

なぜなら、私は本が好きというのを周りに隠し、自分がクラスの一軍たち馬鹿にさないよう。

自分のために本を嫌ったからだった。


「この本は、太宰治っていう人の本でこの人は自殺をしていて、今も未完の本が存在しているんだ」


先生が話している間、私は昨日の図書室でのことを思い出した。

先生が太宰治の本を持っていたのは今日、それをみんなに紹介するためだった。


「次は、家族が事故で亡くなってしまったある少女の物語」


など、残りの時間で大城先生の小説への愛を強く感じることができた。


「長い話聞いてくれてありがとう。これで授業を終わります」


私は話に夢中になりすぎて、クラスが静寂に包まれていることに気づかなかった。

クラスの人たちは、いつのまにか先生の話に食い入っていた。

休み時間、クラスの女子も男子も大城先生の話をしていた。悪口だろうと思い、私は耳を傾けた。すると意外なことを話していた。


「あの先生、話し方うまくね?なんか読みたくなったわ!」


それな、分かる、とだんだん輪が大きくなっていった。私は一人孤立しそうになったから再び図書室に向かった。

そこには先生の姿があった。


「こんにちは、牧岡さん。どうでしたか?本紹介」


こっちを向いて、本を開いたままの手でそう聞いてきた。その手には、私が見たことのない小説があった。


「とても楽しかったです。自分の好きな本だったので共感できました」


そっか、と言ってから先生は安心したように肩の力を抜いた。


「あの、その本は?」


私は先生を覗き込むように本を見た。


「自分の本...っなんてね」


たしかに、作者の欄には目立たないぐらいの大きさと色で大城光と書かれていた。


「小説をお書きになるんですか?すごい!」


照れ臭そうに、先生は自分の頭をかきながら目を逸らした。


「私も小説家を目指していたんです!ぜひ読ませてください!」


驚いた顔で再びこちらに目を向けた。仲間を見つけたような嬉しそうな顔をしていた。

だが、それと同時に少し不安そうな顔をした。


「先生は、自分自身を肯定するために小説を書いているんです。だから牧岡さんに見せるような面白い本ではないですよ」


息が抜けたように、ははっと笑った。私は何故、大城先生が本を見せてくれないのか分からなかった。

自分自身を肯定するため。それも立派な理由なのではないかと思ったからだ。


「牧岡さんは、なんで小説を書くんですか?」


私はなんの迷いもなく答えた。


「たくさんの選択肢を選びたかったから、ですかね。人生って一つの道しかないですけど、選択肢はたくさんあります。小説家になる、ピアニストになる、医者になる、さまざまです。でも、一つしか選べないじゃないですか。小説はもう一つの自分の世界だと思っているので」


先生はこれを聞いて、いいね。とただそれだけを言った。
少ししか話していないのに、あっという間に予鈴がなった。

私は先生に一礼し、すぐに教室に戻った。

私を送り出すその目はなんだか悲しそうだった。

次は公民の授業で、国語の時間の静けさは消え、またいつもの騒がしい教室に戻った。

私は帰り際の先生の目を忘れられなかった。

授業が終わり、部活に入っていない私はまっすぐと家に帰ろうとはしたが、結局帰らなかった。寄るところがあったからだ。

私はいつも元気に挨拶をしてくれる蛍光色のビブスを着たおじさんに挨拶をし、いつも美しいピアノの音色が聴こえてくる家を通り、お城みたいな家にやってきた。


「杏奈です」


大きい門の前にあるとても小さな、インターホンを押した。すると車椅子になった長い白髪の髪の毛が美しい、私の親友が出てきた。


「杏奈!久しぶり。来てくれたのね」


暇な時は必ず、エマに会いにくる。エマを知るきっかけになったのはある事故だった。

エマは、アルビノという病気の影響で視力がとても低かった。

色はうっすら分かるので、青信号を渡ろうとしたら、信号を無視した車に轢かれかけた事だった。

その時私は彼女を助けようと必死で引っ張ったのだが、間に合わずに足が不自由になままになってしまった。


「今日はなんの本?」


エマは目がほとんど見えていないから、本も読めない。だからこうして私が本を音読しに来ていた。本好きの人のためならと思っての行動であった。


「エマの好きそうな本」


透き通った綺麗な肌で、笑顔を見せた。
風が吹けば飛んでいってしまいそうなぐらいエマは儚い存在だった。

その後、半分まで本を読み終え辺りが暗くなってきたため帰ることにした。


「ばいばい!杏奈!ありがとう」


私の事は見えていないだろうが、エマは私がいるだろう方向に手を振った。

本の好きな人といる時間はとても私にとって居心地が良かった。先生といる時と同じようにも思えた。
今朝は朝早くに起きれたから、いつもより早くに家を出た。

出発する時間が違うだけで、まるで他の場所に行っているような気分になった。

教室に着くと誰一人いなくて、私は図書室に行くことにした。

誰もいないという優越感の中、試しに廊下を走ってみようと思った。これでも優等生で通っているので廊下を走るなんてした事がなかった。

いざ走ってみると、なかなか楽しいものだった。はしゃぎきって、前も見ていなかった私は何かとぶつかった。

「牧岡さん?大丈夫?」

私はすぐに顔をあげ、先生の存在に気付いた。周りを見ると、先生が持っていたであろうプリントが散乱していた。


「すみません!」


すぐに立ち上がり、私は散乱したプリントを拾い始めた。先生はすぐに「いいよ、いいよ」と優しい声で共にプリントを拾った。


「こんなところで何していたんです?」


私は自分のしていた事に恥じらいを感じ、耳を赤くしてプリントで顔を隠した。


「いろいろあって、」


苦笑いをしながら、先生は最後の一枚のプリントを手に取った。

私は申し訳なさから先生にある提案をした。


「せっかくなので今から一緒に図書室に行きませんか?」


先生は「プリント置いてくるから、先行っててください」と言い、ふわりと笑った。

先生に言われたとおり、さきに図書室に向かった。

朝日が窓から入ってきて、まるで図書室が輝いているかのように見えた。しばらく待っていると、扉の開く音がした。


「牧岡さん、お待たせしました」


扉の方を見ると先生は息を途切れさせながらこちらを向いていた。走ってきたのだろうか。


「すみません、岩尾先生に呼ばれてしまって、」


私を待たさないために走ってきてくれたのだろう。


「大丈夫です」


「読みたい本があってね、取ってきてもいいかい?」


私は頷いた後、自分が読みたい本を取りに行った。しばらくの時間の後、先生がこっちにきた。


「気になる本あった?」


先生は私の顔を覗き込むようにしながら、そう聞いてきた。


「この本が気になったんですけどご存知ですか?」


そう言いながら、私は先生を試すように三大奇書と呼ばれるドグラ・マグラをさした。私の示す方向を見た瞬間、先生は笑った。


「夢野久作だね。もちろん知ってるよ。図書室にこんなのが置いてあるとは」


「知ってましたか。読んだことありますか?」


笑いながら私と目を合わせ、先生は頷いた。


「精神に異常きたしてるんですね」


と、ドグラ・マグラの裏表紙の『これを読むものは一度は精神に異常をきたす』という言葉を使って先生をからかった。

そんな他愛もない話をしているうちにあっという間に時間は過ぎていた。静かな図書室に予鈴は鳴り響く。


「もう、もどろうか」


そう先生が言った。鍵を先生に託し図書室を出て、教室に向かう途中に幼馴染の男子に会った。


「よう。杏奈」


目があった途端、犬のように尻尾を振りこちらに走ってきた。


「また図書室か。友達出来ねぇぞ?」


一野瀬翔太とは生まれる前から親同士が仲が良く家も近かったことから仲良くなった。


「余計なお世話。私は私で楽しんでるから」


そう言った後、翔太は急に近づいてきて私を匂ってきた。


「男の匂いがする」


くんくんと、鼻を鳴らしながら私を匂ってそう言った。


「きもい」


私は翔太を軽く押して教室に戻ろうとした。翔太が後ろから、「神谷が帰ってきたのに」と言ったのが聞こえた。

そういえば、私にもクラスに1人友達がいたような。

教室に戻ると入り口に多くの人が集まっていた。

大きな円を作っていて、その円の中心を見てみたら、神谷紗凪というクラスのリーダーである、私の友達が立っていた。

紗凪は私に気づいた瞬間走ってきた。


「杏奈!心配してたの!私がいない間誰かにいじめられたりしていない?美咲がいたなら大丈夫よね?」


紗凪は一息で全てを話したので、話終わった後大きく息を吸った。


「心配したのは私の方。急にニューヨークなんか行っちゃって。寂しかったんだから」


紗凪は普通の家庭だけど親が転勤族らしく今回はニューヨークに行く事になったそうだった。

大抵、紗凪はついていかないそうだが外国は流石に無理だったそうだ。


「心配してくれていたの?!嬉しい。お土産あるよ」


懐かしい顔で紗凪は微笑んだ。


「やっぱり、心配してなかった」


私は自分が言った事が少し恥ずかしくなって後から否定してしまった。

残念そうに紗凪は綺麗に梱包された可愛い箱を取り出した。


「ネックレス、杏奈に似合うと思って。付けてね」


紗凪はこの無性の優しさで、クラスの中心になることかまできたのだった。

色んな人に好かれて、色んな人を好いて、さなにしかできないことだと勝手に思っている。


紗凪が戻ってきてからクラスは静かになった。もちろん国語の時間も。輪が乱れたのは紗凪がいなくなったからなのだろう。

きっとこれからは、いいクラスに戻ると思う。


「あれ?三上先生は?」


紗凪は元国語の教師の三上先生がいない事に気づいた。クラスの一軍は誤魔化しながら新しく入ってきた大城先生の話をした。


「新しく、大城ってやつが入ってきて良いやつなんだ」

紗凪は私にどんな先生かと尋ねてきた。


「今までで一番好きな先生」


私がそういうと紗凪は早く授業を受けてみたいと、微笑んだ。
私は、休みだったので久しぶりにエマの家に行く事にした。


「シンデレラのガラスの靴は何故消えなかったのかしら?」


今日はエマにシンデレラの本を読んでいた。読み終わった後、不思議そうにして質問してきた。


「確かにそうだね。もしかしたら、ガラスの靴はシンデレラの恋の形だったのかも。もともとシンデレラ自身にあった物だから消えなかったとか!」


共感したのか頷いた後、でも、と続けた。


「妖精さんが作ってくれたんじゃないの?」


「もともと全てシンデレラの想いが作ったものかもしれないね。」


とても深く頷きながら、エマは次の本を持ってきた。エマは全力で本を読んでいるから私も読む側としてとても楽しい。

シンデレラの話を翌日先生に聞いてみる事にした。先生ならきっといい考えが浮かぶはずだと思ったからだ。


「なかなかいい着眼点だね。いまパッと思いついたのだったら、普通にフェアリーゴットマザーからシンデレラへのプレゼントなのかなとは思うね」


その考えが先生から出てくるということが、私にとってとてもおかしい事だった。あまりに一般的だったからだ。


「そうだ、牧岡さん。幸せの意味って分かる?」


急に先生は私に質問してきた。私もパッと思いついた一般的な考えを先生に言った。


「今、息できている事ですかね。先生はどうですか?」


先生はいつもの笑顔とは違う、期待外れのような笑顔でこちらに微笑みかけた。


「無くならないとわからないもの」


私は先生に言われたことの意味がいまいちわからなかった。


「どういう事ですか?」


先生は、私をからかうように笑いながら「これから考えてみると良いよ」と言った。


「他にないですか?質問みたいなの」


先生はしばらく考えた後、私に聞いてきた。


「好きな反対はなんだと思う?あと、正義の反対」


すぐに思いついた答えは、嫌いと悪だった。それはきっと先生が望む答えではない事をすぐに気づき、少し考えた。


「好きな反対は無関心と、正義の反対は正義。ですね」


先生はさっきの笑顔とまるで違う、喜びに満ち溢れた顔をした。


「そうだよ。よく分かったね」


遠くから大城先生を呼ぶ声が聞こえ、ちょっと言ってくる、と言い他の先生に大城先生を取られてしまった。

一人、静寂で包まれた図書室で時間が過ぎるのをただ待っていた。すると、ガラガラとドアが開く音が聞こえたので、先生かと思い見上げた瞬間そこには紗凪が立っていた。


「ここにいると思った。誰と思ったの?」


「別に?紗凪は何しにきたの?」


私がそう聞くと少し怒ったように紗凪は続けた。


「何しにきた?じゃないよ、杏奈と一緒に...いや、何もない!帰る!」


紗凪は怒って帰ってしまった。何を言いかけたんだろう。

昼休み、その事を美咲に話すと下品に大笑いしながら言った。


「それは、杏奈が悪いよ。だから紗凪、一緒に飯食わないのか。謝っといた方がいいよ」


紗凪の言いたかったことも、美咲が言ってることもどういうことなんだろう。それと、大城先生の幸せの意味も。


「よく分かんないけど謝っとく。聞きたいことがあっんだけど、幸せってなんだと思う?」


珍しく美咲は食事中の手を止めて、私と目を合わせた。


「急にどうした?」


「色々あって、幸せとは美咲にとって何か教えて欲しくて」


驚きながらも、頷いて美咲は私の質問に真剣に考えた。


「仲間がいることかな。杏奈みたいな頭のいいやつが通うこの高校に来れたのも仲間が必死に勉強教えてくれたからだしな」


美咲もそんな事を考えるんだなと私は感心した。


「紗凪ー!杏奈が謝りたいってよ」


他のグループと喋っている紗凪を美咲は呼び止めた。


「さっきはごめん、紗凪。一緒にご飯食べない?」


紗凪は私が無神経な事を言ったことより、私が食事に誘ったことの方が嬉しそうに、机をつけた。


「杏奈から誘われたら断れないじゃない。二人でさっきなんの話をしてたの?」


「幸せってなんだと思う?って話。紗凪はどう思う?」


紗凪はきっと真剣に考えると思ったら、すぐに返答が返ってきた。


「杏奈と美咲と一緒にご飯を食べてること」


私は紗凪の言葉に少し嬉しくなった。

人によって幸せはそれぞれなんだ。でも、共通することが「無くならないとわからないもの」という事なんだろうか?
先生に「考えてみると良い」と言われてから、私はずっとその答えが分からなかった。

知り合いに幸せとは何かを聞いてみたが、いまいちピンとこない。

自分にとっての幸せじゃないといけないんだ。

美味しいご飯を食べても、欲しかったものを買ってもらっても、それは幸せと呼ぶものなのか、私には分からなかった。

などと考えているうちに家に翔太が来た。


「おばさんいますか?」


いつもの聞き慣れたうんざりする声で翔太はうちに訪ねてきた。
母は今、家にいなかったため仕方なく私が出る事にした。


「いないです」


私を見た瞬間、翔太は目を輝かせた。


「杏奈!」


と、言ったのは翔太ではなく翔太の後ろにいたエマだった。

どうしてエマがここにいるのか翔太に尋ねてみた。


「この人が杏奈の家探してたから案内しただけ、俺は母さんのパシリでおばさんにこれ私にきた」


と、野菜がたくさん入った紙袋を差し出してきた。
次に、エマに何故ここにきたかと聞いたら最高の笑顔で、杏奈に会いにきたと言った。

私は二人をとりあえず家にあげ、お茶を出し、翔太から紙袋を受け取った。


「翔太さん?は杏奈の彼氏?」


とエマが翔太に聞いた。

翔太は顔を真っ赤にしながら、お茶を一口飲みエマに照れ臭そうにこう言った。


「今はまだ友達」


何が今は、だ。翔太とは、そんな関係になるつもりは一切ない。だが、エマの純粋な眼差しから、私は否定することができなかった。

「そうだ、杏奈に言いたいことがあったの!シンデレラの話!」

まだ考えていたのだと、私はエマに感心した。決して悪い意味ではない。


「シンデレラのガラスの靴はフェアリーゴットマザーがシンデレラに幸せになって欲しかったから渡したのよ!プレゼントよ」


子供みたいにはしゃぎながらエマはそう言った。

その答えは大城先生に聞いたな。と思いながらも、エマが自分で頑張って導き出した答えなのだから私はまず、それを褒める事にした。


「自分でよく導き出せたね」


そういうと、エマはにっこり微笑んだ。
エマの話の中にも、また幸せが入ってきていた。そこで私はエマ達にもその質問をする事にした。


「そうだ。翔太、エマ二人にとって幸せとはなんだと思う?」


私がそう聞くと、エマと翔太が同時に話した。
お互い譲り合って、結果エマが先に話す事になった。


「知識が増える事!杏奈に本を読んでもらうと知識が増えていく気がするの!」


続いて、翔太が。


「俺は、家族がいることだな」


他の人の幸せを聞けば聞くほど、先生の質問の答えがわからなくなった。

私の幸せってなんだろう。

幸せについて話している時、ドアが開く音と共に「ただいま!」とうちのちびっ子たちが帰ってきた。

きっとうるさくなるだろと思い、私は二人を見送った。

二人が帰った後も、ネットで調べてみた。


「幸福とは心が満ち足りている事。幸せとという」


心が満ち足りると、どうやったら分かるのか?

結局答えのわからないまま時は過ぎた。


いつのまにかテスト期間に入り、私は勉強に追われ、幸せについて考える暇がなかった。


もはや、自分が何を考えていたかさえ忘れかけていた。

忙しすぎる日々の中で、図書室は癒しだった。行けば先生にも会えた。


「ファーストペンギンって知ってるかい?」


お昼を食べ終わった後、私は図書室に行き先生と話していた。


「知りません。ファーストペンギンってなんですか?」


急に出された質問に答えられず私はすぐに聞き返した。


「群れの中で天敵を恐れず最初に海に入った勇敢なペンギンのことだよ」


ペンギンの話を急にしだしたから、私の頭の上には、はてなマークがついていた。


「勇敢な恐れに負けない最初に行動した人も、ファーストペンギンともいうね」


先生は、私の頭のはてなマークが見えたのだろうか。


「牧岡さんは、ファーストペンギンになれるかい?」


突然の質問に驚きながらも、その問いに私は、真剣に答えた。


「最初ってやっぱり怖いです。でも、私は見本になりたいです。ファーストペンギン、なれます」


力強く、真っ直ぐな眼差しで私はそう答えた。

先生は、にかっと笑った。そして小さな声で、「牧岡さんは強い人だ」と言った。


テスト前日、ある先生が誤ってテストの答えを配った。答えを見た生徒は全てカンニングだと訳のわからないこと言いそれに反発した生徒にも理不尽に怒っていた。

そして、強く反発した美咲の成績だけを下げると、もっと訳のわからない事を言い始めクラスは静かに二人の口論を聞いていた。

誰も止めようとせず、先生も呼ばず、ついには美咲に手を出そうとしていた。

私は咄嗟に大声で言った。


「間違えたのは先生ですよね?なんで美咲の成績を下げるんですか。先生頭おかしいですよ!」


と、考えたら普通のことを先生に言った。

通りかかった大城先生が口論を止め、場は収まった。

その日の放課後先生に呼ばれ、図書室にきた。


「ファーストペンギンなれましたね。さすが牧岡さんです」


大城先生にそう言われて私はとても嬉しかった。

だが、今回の場合はただ先生が言葉の通じない、意味わからない人だったから言えたんだ。

先生に心を読まれたのか、


「でも、牧岡さんは強いですよ。自信持ってください」


その言葉でようやく私は自分の行動に自信を持てた。
先生と出会ったのは夏の終わりだというな のに、もう年が明けていた。

「あけましておめでとうございます」

三学期、二年最後の学期だ。来年はもう受験。これからは勉強に追われる毎日になってしまう。

「あけましておめでとう、杏奈」

大城先生の誕生日は今週らしい。新学期そうそう、紗凪とデートでもしに行こうと思った。そこで大城先生へのプレゼントを買えたら。

「紗凪、明日デートしない?」

私の発言に紗凪は驚きながら、「どうゆうこと?」と言った。

「ショッピングしようよ、二人で」

私の目当ては書店なので、美咲を誘うと行けなくなるから紗凪を誘った。

「い、いいよ?珍しいね。杏奈から誘ってくれるなんて」

どういう風の吹き回し、と言わんばかりに紗凪は私を凝視した。

私たちは予定を決めて明日に備えた。

翌日、二人でショッピングモールに来た。

まずゲームセンターに行ってホラーゲームをしたり、アクセサリーの店に行きお揃いのものを買い、フードコートで昼食を取り、ようやく書店にやってきた。

「あっち見てくるね」

紗凪がそう言い、各自で欲しいものを探していた。

私の欲しいものは決まっていた。

それは、太宰治の本だ。

前に話した時、太宰治の本で持っていないものがあったそうだから買うことにした。

そしてもう一つは、原稿用紙で渡すものだが、私の書いた小説をプレゼントしようと思っている。

先生にあげるものはこれしかないと思った。

ちょうど後ろから紗凪が私を呼ぶ声が聞こえた。

「良いのあった?」

私は手に持ってある本を紗凪に見せ、「これ買う」と言った。


書店に行った後、予定がなくなりどこに行くか二人で考え文房具を買うことにした。受験勉強でも、赤ペンは必須だ。

私はそこで大城先生へのプレゼントをもう一つ買おうと決めた。

「何それ?」

紗凪は私が持っているものを見ながら言った。

「秘密!」

誕生日当日。

私は放課後先生を図書室に呼び出した。

「お誕生日おめでとうございます。先生」

書類をたくさん持った先生は机にすぐ書類を置いた。

「ありがとうございます」

優しい微笑みで私は猫をみときのような、癒しが舞い降りた。

私はすぐに誕生日プレゼントを出した。まずは小説を渡した。

先生が中身を確認する。

「あれ?これ。牧岡さんが書いたの?」

そうです。と声に出さずに私の笑顔で答えた。

「すごい、しっかり読ませてもらうよ」

私の原稿を握りしめそう言った。

そして私は隠し持っていたプレゼントをもう一つ渡した。

先生は、頭の上にはてなを浮かべた。

「ハムスター型のマーカーなんです、それ」

マーカーには決して見えないような、わがままボディーのハムスターが実はマーカーなんです。

「か、可愛いですね。これ」

動揺しながらも私があげたものを喜んでくれた。太宰治の小説もとても喜んでいて、私もにこやかな気分になった。

「全部大切にするよ」

先生にそう言われてとても嬉しかった。

今日は渡して終わるつもりだったから、失礼します。と図書室の扉を閉めたらそこに紗凪がいた。

「いちゃいちゃして」

私はそのまま紗凪と一緒に帰った。

その翌日から、テスト2週間前だったため私と先生の繋がりはなくなり、全く喋らなかったテスト期間だった。

そして何故か、先生はそこから学校に来なかった。

入院しているようだった。

もうそろそろ学期が終わるというところでようやく先生がやってきた。

どうしたのか。そんな事を聞く暇さえなかった。

私は帰り際、先生に気になっていた小説をもらった。

「もしかしたら来年はここにいないと思うから、これあげるよ」

そういうと、先生は足早に去っていった。
学年が変わって新学期、教室に先生の姿はなかった。

話によると、臨時の教員だったため普通の教員がやってきたら辞めることになっていた。ようはただの数合わせだ。

寂しくはあったが、仕方のないことだと思って先生のいない事実を受け入れた。

新しいクラスは去年より静かで、先生の授業も真面目でつまらない。これが普通のことなのだと、ようやく思い出した。

「大城いなくなったらくそしょーもねー」

今年は美咲も一緒のクラスになることができた。そして、美咲の言葉に首がもげるほど頷いた。

「つまんないよね。授業」

いなくなった今、先生がいたありがたみにようやく気づくことができた。

エマといくら話したとしても、翔太にどれだけ喋りかけられても、美咲とご飯を食べても紗凪にどれだけ愛されても、先生のいなくなったという悲しみは埋められるものではなかった。

大城先生に会いたいな。

そう思いながらも私は勉強に集中し始めた。
受験期はあっという間で、いつのまにか文化祭の季節になっていた。

去年のこの頃、大城先生に出会ったんだったな。

「おーい、杏奈。何ぼーっとしてんのさ?文化祭だぞ?文化祭!」

気づくと美咲は私の顔を覗いていた。三年の文化祭は最後だから贅沢に予算をもらっている。三年になると文化祭は本気になる。

今は何をするか決めていたそうだ。

黒板には、メイド喫茶、お化け屋敷、屋台などいろんなものが書かれてあり、多数決で決めるらしい。

「杏奈、一緒にお化け屋敷に手あげようぜ」

話を聞いていなかった私は、なんでも良いやと思いお化け屋敷に一票を入れた。

なんとそれが、メイド喫茶とお化け屋敷の頂上決戦だったらしく、35人クラスのうちは真っ二つに意見が割れ、私の一票によりお化け屋敷になった。

ちなみに、男子が全員メイド喫茶、女子が全員お化け屋敷に票を入れていたそうだ。

「っしゃ!ナイス杏奈!」

準備が始まり、また一段とクラスが活気付いてきた。

そんな中私一人上辺の空だった。

いよいよ、文化祭当日。

一般の人の参加もあるので、もしかしたら大城先生が来るかもなんて甘い期待をしていた。

だが、そんなこともなく文化祭も一瞬で終わっていった。

体育祭も終わり、ハロウィンの季節になった。

文化祭の盛り上がりと反対にみんなは受験勉強に追われていた。

「最悪だ、勉強早く始めたらよかった」

美咲は珍しく、休み時間に問題集を開き頭を抱えていた。

「杏奈ー。助けてー」

私はチンチラのように何も考えずぼーっとしていた。

「杏奈?」

美咲は私の顔を覗きそう言った。

あ、ごめんと言うとしっかりしてよ、と返ってきた。

ずっとぼうっとする毎日。

私は一応優等生のため勉強をしなくても推薦で学校に行けた。

みんなが受験で焦っている中、私はただ何も考えられなかった。

受験が終わり、卒業式。みんなが帰った後一人、懐かしい教室で私は先生にもらった小説をパラパラとめくっていた。

予想以上に面白くて、気づけば五時を回っていて私のめくるページは残り一枚になっていた。

最後のページをめくり私はそこに書かれたメッセージにようやく気づいた。

綺麗な達筆の文字でこう書かれていた。
『牧岡杏奈さんへ。短い間でしたが、積極的に話しかけてくれてありがとう。文学を語り合える人は少ないので、とても嬉しかったです。その感性、これからも大事に育てていって下さい。願わくば、あなたの人生のハイライトに僕の残像をいつまでも...』

私は静かな教室の中で一人、頬に大粒の雨を降らせた。

「何で気づかなかったんだろう。半年も持っていたのに」

綺麗な文字で書かれたその字を滲ませぬよう、私は服の袖で涙を拭った。

「何でこんな最後のページに。このメッセージが届くかどうかもわからないのに」

涙を拭ったはずが、再びぽつりと涙を流した。

もう会えないのに。

時計の針が音を鳴らしながら私は一人ぼっちの部屋の中で瞳を揺らした。

会いたい。

たとえ叶わぬ願いだと思っていても、やはりあの声を、あの笑顔を忘れることはできない。

私はあることを調べた。死者に再び会える方法を。

それは、夢で見ること。見たい人の写真を枕の下に置いたり、など。そんなことで会えるはずないなんてわかっているけど会いたいと強く願ってしまった。

私は潤んだ視界を必死に凝らしながら携帯で調べた。

早速今日の夜。ではなく今すぐ私は調べた事全て試してみることにした。

なぜなら、浅い眠りを維持することが必要らしく、学校の机で寝たら浅い眠りにつく事が可能だと思ったからだった。

誰かが教室に入ってこないよう、鍵を閉めた。そして、私はすぐに眠りについた。

霧の中でうっすらとした人影を見つけた。私は勝手な感で、それを大城先生だと思った。いつ夢から覚めてしまうか分からないから、すぐに本題に入った。

「幸せの意味、分かりました」

だんだんと霧が晴れ、先生が現れた。先生は期待に満ちた目で私を見つめていた。

「最初、私なくならないと分からないものって聞いて分からなかったんです。その理由が、自分が全て持っていたからなのかなって思ったんです」

先生は、まっすぐに私の目を見ながら優しく頷いた。

「先生と毎日話せる日々とても楽しかったんです。でもそれが幸せって気づいたのは先生がいなくなったからだったんです。先生がいなくなったことで、『あぁ。幸せってこういうことなのかな』と思いました」

先生は少しの間私の目を見つめたあと、ふっと笑った。

「自分で言うのもあれだけど、いいと思う。告白みたいだね」

先生はからかいながら笑った。
私は顔を真っ赤にして目を逸らした。

「好きでした。国語の時間ずっと楽しみにしてました。まだかな、早く来ないかな。なんてずっと考えてましたし、先生がいた間ずっと楽しかったです。ちゃんとお別れしたかったんです。あんな別れ方しないでくださいよ。半年の間でしたが、ありがとうございました。これからも大好きです。さようなら」

やはり先生は笑いながら、でも真剣にこう答えた。

「そんなことを言いに来たのか。ありがとう。僕もそう言いたかった。杏奈さんの気持ちには応えられないが、その気持ちは受け取っておく。さようなら、今までありがとう。元気でな」

私はもう一つの質問の答えを先生に聞いてみた。

「死ぬ瞬間何を考えましたか?」

先生はニコニコの笑顔で笑った。

「君と一緒にいる未来。」

先生が最後まで言った瞬間、霧が急に現れて、先生を連れ去った。

目覚めた時、私の視界は再び潤んでいて黒板を見てみると、卒業おめでとう、大城。と書かれていた。

私は、あのメッセージが書かれた小説を大事に両手で持ちながら言った。

「今までありがとうございました。また会いたいです。」

そう言って、小説を段ボールの奥底にしまって私は光先生に別れを告げた。その時、風でカーテンがふわりと揺れそこに光先生が立っているかのように見えた。

私は光先生に、ふわりと笑いかけてまた会いたい。なんてことを考えていた。先生の言葉で心に余裕ができた。先生がいてくれたおかげで幸せがわかった。

桜舞う季節。
私は新たな一歩を踏み出す。

大城光先生。

また会いに来てください。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア