次の日の国語の時間。
やはりクラスの一軍たちは、先生の話を聞く様子はなかった。

だがそれに動じない大きな声で授業を進めていた。それをクラスの一軍達も意識しているようだった。

授業が終わる10分前。先生は自分のおすすめの本を持ってきていた。


「みんなにも読んでほしい、本の紹介します。良かったら聞いてほしいな」


そう言って自分の手元の本を見てそれから前を向いて堂々と好きな本の話をしていた。
その姿は私にとても響いた。

なぜなら、私は本が好きというのを周りに隠し、自分がクラスの一軍たち馬鹿にさないよう。

自分のために本を嫌ったからだった。


「この本は、太宰治っていう人の本でこの人は自殺をしていて、今も未完の本が存在しているんだ」


先生が話している間、私は昨日の図書室でのことを思い出した。

先生が太宰治の本を持っていたのは今日、それをみんなに紹介するためだった。


「次は、家族が事故で亡くなってしまったある少女の物語」


など、残りの時間で大城先生の小説への愛を強く感じることができた。


「長い話聞いてくれてありがとう。これで授業を終わります」


私は話に夢中になりすぎて、クラスが静寂に包まれていることに気づかなかった。

クラスの人たちは、いつのまにか先生の話に食い入っていた。

休み時間、クラスの女子も男子も大城先生の話をしていた。悪口だろうと思い、私は耳を傾けた。すると意外なことを話していた。


「あの先生、話し方うまくね?なんか読みたくなったわ!」


それな、分かる、とだんだん輪が大きくなっていった。私は一人孤立しそうになったから再び図書室に向かった。

そこには先生の姿があった。


「こんにちは、牧岡さん。どうでしたか?本紹介」


こっちを向いて、本を開いたままの手でそう聞いてきた。その手には、私が見たことのない小説があった。


「とても楽しかったです。自分の好きな本だったので共感できました」


そっか、と言ってから先生は安心したように肩の力を抜いた。


「あの、その本は?」


私は先生を覗き込むように本を見た。


「自分の本...っなんてね」


たしかに、作者の欄には目立たないぐらいの大きさと色で大城光と書かれていた。


「小説をお書きになるんですか?すごい!」


照れ臭そうに、先生は自分の頭をかきながら目を逸らした。


「私も小説家を目指していたんです!ぜひ読ませてください!」


驚いた顔で再びこちらに目を向けた。仲間を見つけたような嬉しそうな顔をしていた。

だが、それと同時に少し不安そうな顔をした。


「先生は、自分自身を肯定するために小説を書いているんです。だから牧岡さんに見せるような面白い本ではないですよ」


息が抜けたように、ははっと笑った。私は何故、大城先生が本を見せてくれないのか分からなかった。

自分自身を肯定するため。それも立派な理由なのではないかと思ったからだ。


「牧岡さんは、なんで小説を書くんですか?」


私はなんの迷いもなく答えた。


「たくさんの選択肢を選びたかったから、ですかね。人生って一つの道しかないですけど、選択肢はたくさんあります。小説家になる、ピアニストになる、医者になる、さまざまです。でも、一つしか選べないじゃないですか。小説はもう一つの自分の世界だと思っているので」


先生はこれを聞いて、いいね。とただそれだけを言った。
少ししか話していないのに、あっという間に予鈴がなった。

私は先生に一礼し、すぐに教室に戻った。

私を送り出すその目はなんだか悲しそうだった。

次は公民の授業で、国語の時間の静けさは消え、またいつもの騒がしい教室に戻った。

私は帰り際の先生の目を忘れられなかった。

授業が終わり、部活に入っていない私はまっすぐと家に帰ろうとはしたが、結局帰らなかった。寄るところがあったからだ。

私はいつも元気に挨拶をしてくれる蛍光色のビブスを着たおじさんに挨拶をし、いつも美しいピアノの音色が聴こえてくる家を通り、お城みたいな家にやってきた。


「杏奈です」


大きい門の前にあるとても小さな、インターホンを押した。すると車椅子になった長い白髪の髪の毛が美しい、私の親友が出てきた。


「杏奈!久しぶり。来てくれたのね」


暇な時は必ず、エマに会いにくる。エマを知るきっかけになったのはある事故だった。

エマは、アルビノという病気の影響で視力がとても低かった。

色はうっすら分かるので、青信号を渡ろうとしたら、信号を無視した車に轢かれかけた事だった。

その時私は彼女を助けようと必死で引っ張ったのだが、間に合わずに足が不自由になままになってしまった。


「今日はなんの本?」


エマは目がほとんど見えていないから、本も読めない。だからこうして私が本を音読しに来ていた。本好きの人のためならと思っての行動であった。


「エマの好きそうな本」


透き通った綺麗な肌で、笑顔を見せた。
風が吹けば飛んでいってしまいそうなぐらいエマは儚い存在だった。

その後、半分まで本を読み終え辺りが暗くなってきたため帰ることにした。


「ばいばい!杏奈!ありがとう」


私の事は見えていないだろうが、エマは私がいるだろう方向に手を振った。

本の好きな人といる時間はとても私にとって居心地が良かった。先生といる時と同じようにも思えた。