「渡したいものがあってね、ちょっと待っててね」

仲田さんは花壇に水を撒いていたホースを置いて、いつも着ている水色のエプロンで手を拭きながら玄関へ小走りで入っていく。

私は自転車に跨ったまま片足を地面について、綺麗に手入れされた庭とホースの口から溢れ出る水を交互に眺める。

いつも、仲田さん家の庭は綺麗だ。 帰る家がこんな家だったら、私も「はやく帰りてえ」と思えるのだろうか。

「また、おかず作りすぎちゃったのよ。 良かったら貰ってくれない?」

玄関から戻って来た仲田さんは、小花柄の長方形の保冷バッグを手に下げて持っている。

「あ……いつも、すみません。 ありがとうございます……」

「そんな、うちこそ貰ってくれて有り難いのよ~。 紗季ちゃんは、おつかい?」

カラリと笑って言う仲田さんと同じように私も笑ってみようとするけれど、うまく出来なくて、「まあ、はい」と笑顔を作らないまま頷く。 

先週も今日みたいに家に帰っている途中で、仲田さんからおかずをお裾分けしてもらった。 その時よりも、仲田さんの背が縮んだような気がして、確かにわたしは背が伸びたのかもしれないと思った。

「偉いわねえ。 紗季ちゃんがそうしてくれると、おばあちゃんも助かるでしょうね。 ……おばあちゃんは、元気にしてる?」

「まあ……はい」

言いながら、なんとも中途半端な返事だなと思う。

「そう……最近、見掛けないからちょっと気になったの、ごめんね。 ……何か、困ったことがあったらいつでも言ってね」

眉尻を下げて言う仲田さんに、私は「ありがとうございます」とだけ言う。 ぎこちなくお辞儀をして、受け取った保冷バッグを自転車のカゴに入れて、再びペダルに足を掛けた。

ごめんね、とは、一体何に対しての言葉だろうか。 

仲田さんは昔から祖母と仲が良くて、町内会の行事で行ったらしい旅行の写真には、いつも隣同士で写っていた。

それに、仲田さんは私があの家に越して来た頃からとても優しくて、良くしてくれていた。 学校から帰ってくると、仲田さんと祖母がお煎餅やお互いが作ったおかずを囲ってお茶会をしていることもよくあって、仲田さんが作る料理の美味しさはその頃から知っている。

だけど、一度祖母が倒れてから、仲田が家に来る頻度は減った。 その頃、同時に仲田家にも孫が産まれて、仲田さんもなかなか時間が作れなかったのだと思う。 けれど、それからか、仲田さんは夕食を時々お裾分けしてくれるようになった。

とても有難いことだと分かっている。 それなのに、なんだかそれが居心地が悪くて、私は仲田さんとどう接して良いのか分からず少しだけ苦手になった。