ネリネ


 「偉いわねえ。 紗季ちゃんがそうしてくれると、おばあちゃんも助かるでしょうね」

 「まあ……はい」

 言いながら、なんとも中途半端な返事だなと思う。その問いには、自信がない。

 「……あのね、今日、紗季ちゃんのお家にお邪魔したのよ」

 「はあ……。 あれ、でも……」

 「ええ。 今日私は久々にサロンに参加したんだけれど、スイさん、しばらくの間来てないって聞いたものだから……」

 私は、えっと仲田さんの顔を見た。スイは私の祖母の名前で、祖母は町内で週3日行われている“ふれあいサロン”という地域の高齢者が集まる会に参加している。やっている内容は、お茶会や健康体操、ボランティア活動だったりする。

 祖母は、欠かさずサロンには参加してたはずなのに。

 「それで、お宅に伺ってスイさんとお会いできたんだけど、そのね、色々、忘れていることが増えたような気がするの。 それがちょっと、心配でね。 紗季ちゃんも、昼間は学校があるだろうから、その、お節介かもしれないんだけど、どこかのサービスに繋がると安心だと思って……」

 そう言って、仲田さんは遠慮がちに一枚チラシを差し出した。受け取ると、見出しには“地域包括支援センター”と書かれている。思わず眉間に力が入った。

 「大丈夫です。 ……物忘れはあるけど、全然、至って普通です」

 「そう……でも、」

 私と目が合わないままの仲田さんは、「ううん、ごめんね。 ……何か、困ったことがあったら、いつでも言ってね」と眉尻を下げて言った。

 私は「ありがとうございます」とぎこちなくお辞儀をして、受け取った保冷バッグとチラシを自分のエコバッグの上に乗せて、再びペダルに足を掛けた。

 ごめんねとは、一体何に対しての言葉だろうか。その言葉の意図が、私の色んなところに散りばめられているような気がして、ふわふわと浮いている。

 仲田さんは、昔から祖母と仲が良くて、町内会のイベントで行ったらしい旅行の写真にはいつも隣同士で写っていた。仲田さんは私があの家に越して来た頃からとても優しくて、小学校から帰ってくると、仲田さんと祖母がお煎餅やお互いが作った惣菜を囲ってお茶会をしていることが日常だった。仲田さんが作る料理の美味しさはその頃から知っている。

 だけど、祖母が脳梗塞で倒れた頃と同じ時期に仲田家には孫ができて、仲田さんが家に来る頻度は減っていた。たぶん、孫の面倒を見るためにゆっくり時間が取れなかったのだと思う。そんな中でも、祖母が倒れたことを聞きつけた仲田さんは夕食を時々お裾分けしてくれるようになった。

 それは、とても有難いことだと分かっている。でも、その気遣いが、私と祖母の二人暮らしは難しいだろうと言われているみたいで、それが居心地が悪くて、私は仲田さんとどう接して良いのか分からず少しだけ苦手になった。他人から何かしてもらわないと成り立たない生活を送っているような感覚は情けなくて、やっぱり私の家は変わっているのだろうと改めて自覚してしまう。

 焦茶色の古い木造の家が見えた時、頬にぽつりと冷たい何かが当たった。ん?と思った時には、また冷たいものが頬にぽつり、手にぽつりと当たって、雨が降ってきたんだと思って自転車を漕ぐ速度を上げる。ペダルを踏みを進めるごとに雨粒の量も大きさもどんどん増していくようだった。

 幸いあまり濡れることなく家の玄関まで辿り着いて、自転車を停める。うちの花壇には、先日祖母が植えていた千日紅が咲いている。前は、うちも仲田さんの庭のように、色々な花が植えられていたけれど、今は種類も少なくなった。

 祖母がサロンを休んだと言うのが気がかりで、少し急ぎ気味に、エコバッグと保冷バッグを両手に持って玄関の重たい引き戸は足先で開けた。