ネリネ


 学校を出て、自転車に跨ってスーパーに向かう。今日はチラシが入っていたからか、いつもより混んでいる。

 料理は得意じゃないけれど、出来合いの惣菜やレトルト食品ばかりだとどうしても値段が高くついてしまうから、安い食材で済む献立をスマホで検索しながら陳列された野菜と睨めっこして店内を一周する。 

 カゴに卵を入れた時、他校の制服を着た女の子が母親らしき人とふたりでスイーツコーナーを眺めていた。「いちごタルトだって」「えー、ダイエットしなきゃなんだけど」「まぁたそんなこと言って。明日から明日から」
 
 その光景を見て、やっぱり制服を着てひとりで買い物してるのは浮くかなぁと今日も思って、ついスカートの辺りに視線を落とす。左足のソックスが少しずり落ちていたので、屈んで直した。体を起こして再びスイーツコーナーに視線を向けると、さっきの親子はレジに向かっていた。

 ……私も会計しなきゃ。鞄からエコバッグを出して買い物カゴに引っ掛けてレジに並ぶ。この時も、なんだか周りの視線が気になって落ち着かない。

 スーパーからの帰り道の空は、さっきよりも暗い色を増していて空気の匂いも湿っぽくてどこか青臭い。ただでさえスーパーからの帰り道は荷物が増えるから自転車のペダルが重たいのに、天気のせいで気持ちまで尚更重たい。

 クラスメイトは、登校して早々に「はやく帰りてえ」なんて言うけれど、そう言えるのが羨ましい。私は、できるだけ学校の屋上にずっと居たい。

 「あっ、紗季ちゃん」

 名前を呼ばれて自転車のブレーキに手を掛ける。顔を上げると、そこはちょうど近所の仲田さんの家の前だった。

 「おかえり。 ごめんね、呼び止めちゃって。 ちょっと、待っててね」

 仲田さんは花壇に水を撒いていたホースを置いて、いつも着ている水色のエプロンで手を拭きながら玄関へ小走りで入っていく。私は自転車に跨ったまま片足を地面について、綺麗に手入れされた庭とホースの口から溢れ出る水を交互に眺める。花壇には、コスモスやショウメイギクが花びらに水を載せている。仲田さん家の庭はいつも綺麗に整えられている。帰る家がこんな家だったら、私もはやく帰りてえと思えるのだろうか。

 「またおかず作りすぎちゃったのよ〜。 良かったら、貰ってくれない?」

 玄関から戻って来た仲田さんは、見慣れた小花柄の長方形の保冷バッグを手に下げていた。

 「あ……いつも、すみません」

 私は自転車のカゴに入った、持ち手の擦り切れた真っ黒のエコバッグがなんだか恥ずかしくてさり気なく押し込む。

 「貰ってくれて有り難いわ〜。 紗季ちゃんは、おつかい?」

 カラリと笑って言う仲田さんと同じように私も笑ってみようとするけれど、うまくできる気がしなくて「まあ、はい」と笑顔を作らないまま頷く。先週も今日みたいに帰っている途中で、仲田さんからおかずをお裾分けしてもらった。そういえば、その時の容器は返し忘れたままになっていることを今思い出す。