「……大好きな映画なのに、もうずっと観てないや」

「DVD持ってるんじゃなかった?」

「DVDじゃなくて、VHSね。 いま、もう観れないからさ」

家にあったビデオデッキは、世間からVHSが消えかけてきた頃に故障してから、姿を見ていない。 多分、知らないうちに処分されたか、家のどこかで埃を被っているのだろう。

「ここら辺に、映画館って無いよな」

「無いね。 一番近くても、電車で2時間はかかる」

遠いね、と言葉を続けると、田辺は「うん」と言ってフェンスに寄りかかった。

「やっぱり、映画館で観たいと思う?」

「そりゃあね。 って言っても、映画館には行ったことないんだけど……映画の中でしか、映画館って見たことないかも」

私もフェンスに寄りかかって、視線を空を見上げる。

「遠いと、わざわざ行かないもんな」

「うん」

ここから映画館までの距離は、私にとっては程遠い。 だけど、私の周りの子たちはみんな映画館は中学生の頃までには既に履修済みで、高校生にもなって映画館に行ったことないなんて、恥ずかしくてあまり言えなかった。

それなのに、田辺が隣にいると本音が口から溢れてしまう。

「……あんな視界いっぱいの大きなスクリーンで映画が観れたら、幸せだろうなあ」

灰色のコンクリートの上に転がる自分の足先を見ながら、自分の家の小さなテレビを思い浮かべる。 

「映画館なら自分だけの席で、誰にも邪魔されずに観られるもんな」

「ポップコーンとか、食べながらね」

「俺、ポップコーンは絶対キャラメル味がいいな」

「えっ意外。 私は絶対塩」

「そっちこそ意外だよ」

横目でお互いに見合わせて、声も出さずに少し笑った。 やっぱり、趣味が合うのは漫画や映画だけらしい。

「映画館と言えばさ、あれ観たことある?」

田辺の言葉に、私は「ニュー・シネマ、でしょ」と、洋画の名前を言う。

「うっわ、当たり! なんで分かんの」

田辺の反応に、私はニヤッと口の端を上げる。

「それ以外思い付かないね」

「さすが。 やっぱ、新名とは趣味合うわ」