それから、私は屋上の鍵を閉めずに過ごしている。

「それにしても、ピッキングできるのすごいよな」

「まあね」

「ここ以外で試したことないの?」

「ないよ。 犯罪だし」

「もったいないなあ。 こんなとっておきの場所あるなら、早く教えてくれればよかったのに」

「いや、全然接点なかったじゃん」

「まあ、そうだけどさ」 

この屋上の鍵が開いていることを、田辺は誰にも言わなかった。 私はそれがなんだか意外で、なぜかと聞いたことがあった。 それに対して田辺は、なんてことない表情で“とっておきの場所だから”と、教室では見せないどこか悪戯っ子みたいな顔で笑った。

じゃあ、どうすればこのとっておきの場所を秘密にできるのか。 その方法は簡単で、田辺と私がここ以外で会話を交わさなければよいだけだった。

普段の日常生活の中では、必要最低限のことしか話さない。 それが、誰にも違和感を持たれない、私たちの本来の姿なのだ。

「でもさ、俺はもっと早く、新名と話したかったよ」

田辺の言葉に私はびっくりして、少し間を置いて、とりあえず「あ、うん」と頷く。

「漫画とか映画の話、なかなか合う人いないもんね」

返事をしながら、この解釈で合ってるだろうかと頭の隅で考えたけれど、「そうそう」と頷く田辺を見てほっとした。

良かった。 危うく、勘違いするところだった。

「そうだ、新名。 これも朗報だと思うんだけど、知ってた?」

田辺がこちらに向けたスマートフォンの画面を見ると、そこにはネットの記事の見出しに『映画“アルビオン”映画館上映!!』と書かれていた。

「えっ……どういうこと」

私は驚きのあまり並べられた文字の意味を瞬時に理解できず、スマートフォンの画面を凝視する。 田辺はそんな私を見てから少し笑って、優しい声色で言う。

「いま、昔の名作を映画館で再上映してるんだって。 これ、新名が一番好きな映画でしょ?」

私は頷く。 田辺にアルビオンのことを話したのは、たったの一度だけだった気がするから、それを覚えている田辺にも驚いた。

「再上映……そんなことしてるんだ。 これいつ上映?」

「25日」

「……今日って何日?」

「20日」

「もうすぐじゃん……」

アルビオンは2000年に公開された映画で、私が今まで観た映画の中で一番大好きな映画だ。

アルビオンの舞台は、近未来のロンドン。 そこのスラム街の地下の子供ばかり集められた施設で暮らす9歳の少年4人組は、昼間は日雇で劣悪な環境で働き小銭を稼ぐ生活を送っていて、いつかこの地下から抜け出して、夢と理想が詰まった天上の国〈アルビオン〉に行こうと夜な夜な集まって計画を立てる冒険物語。

私がこの映画を初めて見たのは、主人公たちと同じ10歳の頃だった。 今思えば彼らが考える脱出計画なんて単純で穴だらけだけど、自分たちの力だけで戦おうとするあの4人は、私にとってヒーローだった。