だから、つい、いつも時間を忘れてしまう。

「向こう、雨降ってんのかな?」

田辺が視線を向ける方向を見ると、そこは空の色が灰色に濁っていて山の辺りが霞んでいた。

「ほんとだ。 今日、雨予報なかったのに」

「夕立ちかな。 ……ふふっ」

「え、なに?」

突然、何か思い出したように笑う田辺にちょっと引きつつ聞くと、田辺はどこか恥ずかしそうに笑う。

「いや、初めてここに来た時のこと思い出しただけ」

「……なんか面白いことあったっけ?」

私はそんな風に言ってみたけれど、私はその日のことを鮮明に思い出せる。 だから、田辺も同じようにその日のことを思い出していることが、嬉しかった。

田辺が初めてここに来たのは、半年前。 私は、その日も今日みたいにここで甘い炭酸を飲みながら、鞄に詰め込んでいたレンタル漫画店で借りた漫画を広げて読んでいた。

普段は生徒が立ち入らないよう施錠されている屋上に私が自由に出入りできるのは、昔に映画で観た、ヘアピンを使って鍵をピッキングをするシーンを見様見真似でやってみたら、解錠できたからだ。

しかも、私はピッキングのセンスがあるのか、単に鍵がバカになっているのかは分からないけれど、ヘアピンで施錠まで出来てしまったのだから、屋上に用が済んだら鍵を閉めて証拠隠滅することが出来るので、屋上は私一人だけで過ごせるとっておきの場所になった。

とっておきの場所は、誰にも知られちゃいけない。 だから、ここで過ごす時の間も必ず内鍵を閉めて過ごしていた。

なのに、あの日はうっかりそれを忘れてしまった。