「あの日も急に雨降ってきてさ、新名とふたりで漫画抱えて走ったよな」
「うん。 びっくりして、すごい必死だった」
ふたりでその時の焦り様を再現して、声を上げて笑う。
「俺、ここに新名がいたのにも、びっくりしたよ」
「まあ……そうだよね」
あの時は、てっきり施錠したと思っていた扉が突然開いて、そこにはそれまで話したこともなかった田辺が立っているし、私は鞄いっぱいに詰め込んでた漫画を読み広げているしで、驚きの余り声も出なかったけれど、隠れなきゃと思ってその場で身を縮こませた。
その拍子にジュースが足に当たって溢した私は声を上げて焦って、田辺も咄嗟に“やばい”と思ってくれたようで私のところに駆けつけてくれた。
それから雨が降ってきて、訳も分からないままふたりで走って、びしょびしょになった顔を見合わせて笑った。
その時読んでいた漫画が、田辺も好きな漫画で、会話が弾んだ。 それまで私と田辺は言葉を交わしたことはなかったけれど、そんなことも関係なく夢中に話し込むには十分なキッカケだった。
田辺と私は漫画の他に映画の趣味も同じという共通点があったけれど、映画に関しては同じ趣味の友達が周りにいないことも共通していた。
私が好きなジャンルは、漫画だと少年漫画、映画ならミステリーやドラマ、SF。 それ等を観ている時間だけが、現実から抜け出せる唯一の方法だった。
どのジャンルも、自分の人生の中では絶対にあり得ることのない物語ばかり。 だけど、それを観ているときは、まるで自分も物語の登場人物の一人になったみたいに胸が高鳴って、だからこそ夢中になれた。
だから、そんな話が田辺とできたのが私は嬉しくて、田辺から明日もここに居るのかと聞かれた時、つい私は頷いてしまった。