「ねえ」
「ん?」
「一緒に来るの、私で良かったの?」
本当は、もっと別に聞きたいことはある。
でも、なんで死んじゃったの、とか、なんで幽霊になったの、とか……本当に自殺なの? なんて、あまりに聞きづらい。 かと言ってオブラートに包んで聞けるような器用さも私は持っていない。
でも、一緒に来る相手が私で良かったのかという質問だって、聞くのは正直怖かった。
「……新名なら、俺がこんなになってても信じてくれると思ったんだよね」
そう言って田辺は自分の手を見る。 その手は、漫画や映画みたいに向こう側が透けて見えたりはしていなくて、はっきりと手の輪郭を持っている。
「新名はさ、俺のこと、怖いとか思わないの?」
「怖い?」と咄嗟に聞き返してしまったけれど、そういうことかと理解して「全然」と首を横に振る。
「死んだ人間が目の前に出てきたら怖くない? 普通に心霊現象じゃん」
「まあ、びっくりはしたけど……でも、田辺は田辺だし」
そう言うと、田辺はきょとんとしたような顔をする。 変なこと言ったかな、と思ったけれど、田辺は「ふっ」と小さく笑う。
「いや、やっぱり新名っぽいなと思って」
「え、どういう意味」
「いや、なんとなくだけどさ」
田辺がなんだか嬉しそうに笑うので、私は“新名っぽい”に納得できてないけれど、まあいいか、と思う。
結局、田辺が死んでしまったことに触れてしまった。 でも、田辺の笑顔が見れたことに安堵している自分もいて、それが複雑だった。
「そうだ」
私はリュックを開けて、田辺の部屋から持って来た茶封筒を取り出す。
「これ、いくら位入ってるの?」
「50万くらい。 てか、中身見てないの?」
「えっ、ご、50?! 見てないよ」
「あれ、電車代は? そこから出してないの?」
「出してないけど」
「ええっ。 ごめん、早く言えばよかったな。 そこから使って。 さっきの切符代も払った分そこから抜いといて」
「そう言われても……」
人のお金で、しかもこんな大金を、はいそうですか、と簡単に使えるわけもない。
「これは俺が頼んだことだし、もう使い道のない金だから遠慮しないで使って」
「…………このお金、本当は何に使う予定だったの?」
聞くのは、ほんの少し躊躇があった。
田辺は「んー」とベンチの背もたれに寄りかかる。
「家から出るには、まず金が必要かなと思ってさ」
「進路、考えてたんだ。 すごいね」
「いや、本当は、卒業を待たずにあの家から出られればとか、思ってたんだ」
田辺の声のトーンは変わらないけれど、私は(あ、)と心の中で思うと同時に、田辺の家で見た光景を思い出す。
「うち、あんま金無くてさ。 親、あんまり仕事続かなくて、家賃とか光熱費、払ってない時とかあってさ」
「うん」
前に、田辺から母子家庭のことは聞いていた。 けれど、それ以上は田辺は話さなかったし、私も聞こうとはしなかった。
……でも、田辺はずっと一人で頑張っていたのに。 私たちから見えないところで、ずっと。
「……この先考えるにしても、金無いと何もできないと思ってたんだ」
田辺は「それに、漫画も買えないし」と付け足すみたいに、少し笑って言う。
「確かに」
「新名はバイトしてるっけ」
「長期休みの単発だけ」
「ああ、そう言ってたね。 スイカとか、ホテルとか?」
「そう、どっちも」
「えっすご。 結構稼ぐね」
「まあ、うん。 でも、あんまり貯金できてないなあ」
そんな話をしているうちに、私たちが待っている電車が到着するアナウンスが鳴った。 私と田辺が同時にホーム左側に顔を向けると、3車両の電車はスピードを緩めながらゆっくりと私たちの目の前で停まった。