「隼人、もう、帰らなきゃ」
快人くんが言う。それを聞いた隼人くんはまめ太の隣でボールを持って頬を膨らませていた。
「やだっ、もっとまめ太と遊びたい!」
「わがまま言うなって。 ごはん、作らなきゃだしさ」
「やだ! おにいちゃんのぐちゃぐちゃ焦げオムライスも嫌!!」
「そ、それは仕方ないじゃんっ」
「おい~、喧嘩すんなよぉ」
縁側に座ったまま小さなふたりに声を掛ける田辺は、仲裁する気があるようで全くないようにも見える。
「あの子ら、親は」
「お母さんは看護師で、今日は急に当直になったって言っていました。 お父さんは……いないそうです」
「……そうか」
大塚さんはおもむろに立ち上がって縁側の方へと向かう。縁側に座っていた田辺は、大塚さんに気付いてパッとこちらに振り返った。
「オムライス、食いてえのか」
大塚さんの言葉にいち早く反応したのは隼人くんで、頷きながら、「でも、おにいちゃん、オムライスの卵、焦がしてぐちゃぐちゃにしちゃうの」と頬を膨らませたまま言う。
「じゃあ、じいちゃんが作ってやろうか」
「「えっ!」」
ふたりは同時に驚いた声を上げて、私も予想もしなかったことに小さな声で「えっ」と驚く。
「おじちゃん、オムライス作れるの!?」
「まあな」
「卵、黄色くてキレイなやつ?!」
「そうだ」
「食べたい食べたい!! おにーちゃんも食べたいでしょ?!」
はしゃぐ隼人くんとは反対に、快人くんは「で、でも……お店は?」と言う。大塚さんはうんとひとつ言って、「今日は、予約だけにさせてもらう。時間は間に合うから気にするな。作り方も教えてやるから」と服の袖を捲った。
「あんたも、食っていきな」
大塚さんはこちらに振り返るとそう言って、そのまま居間を過ぎて台所へと入って行く。私はあっけに取られているけれど、縁側では隼人くんが万歳をしながら「やった~!」と歓喜の声を上げている。
「おじちゃんっ。 ぼく、作るところ見たいっ」
隼人くんは靴を脱ぎ捨てて家の中に上がってくる。その後ろから快人くんが呼び止めようとするけれど、隼人くんは大塚さんと一緒に台所に吸い込まれるように入ってしまった。
私は隼人くんが心配で台所に行こうと立ち上がろうとしたとき、「ねえ、史緒」と快人くんが控えめに田辺を呼んだ。
「ほんとに、いいのかな。オムライス、食べてっても……」
快人くんの言葉に、田辺は少し笑って立ち上がる。
「じいちゃんが良いって言うんだから、良いんだよ。 じいちゃんは、食べてもらえるの嬉しいんだと思う」
台所から「まず、兄ちゃんと手洗ってこい」と声が聞こえて、その後すぐに隼人くんが「おにーちゃん! 手洗おー!!」と言いながら台所から顔を出した。
「あの、私も何か手伝います」
台所に声を掛けると「じゃあ、店の冷蔵庫に入ってる卵とケチャップを取って来てくれ」と大塚さんは言う。
「史緒に聞けば、場所はわかる」
大塚さんはこちらを見なかった。もしかしたらまだ信じてもらえていないのかもしれない、と思う。本当に田辺がここにいるかどうか、試されているのかもしれない。
「新名、こっち」
私と大塚さんのやり取りを聞いていた田辺が言う。私は「うん」と言って田辺の後をついて行くと、廊下に出たところで田辺が立ち止まった。
「ごめんな。 じいちゃん、やっぱり強面でしょ?」
眉を下げて、困ったみたいな顔で少し笑って田辺は言う。
「強面だった。 でも、優しいね」
「……うん、そう、すごく優しい。 新名が分かってくれて、よかった」
廊下を玄関側に少し向かって歩くと、居間とは反対側に扉がついていて、開けて厨房に入るとパントリーに繋がっていた。右手側の空いたスペースに入ると、そこは茶の間から見えた台所とは設備も置かれている調味料の多さも全然異なっている。冷蔵庫もうんと大きい。
「うわ~、懐かしい。 ぜんっぜん変わってない。 うわあ、やばい」
田辺の少し弾んだ声を聞きながら、私はカウンター越しにお店の中を見てみる。お店はカウンター先の他に4人座れるテーブル席が5つ置かれていた。田辺も私の隣に来て、同じようにお店の中に視線を巡らしてから、カウンターの一番端の席を指差した。
「俺、よくここに座っててさ。 それで、じいちゃんがお客さんのために料理してるところを見るのが好きだった」
「田辺、手伝ったりしたの?」
「したした。 エプロンつけてさ、お茶とか配膳する係だった」
想像して、ちょっとかわいいな、なんて思う。
「楽しそうだね」
「うん。 楽しかった。 そんでさ、常連さんと一緒になって、じいちゃんのオムライス食べてたんだ」
そう言うと、田辺は「あ、卵だっけ。そこ入ってるよ」と思い出して、大きな冷蔵庫を指差した。開けてみると、卵が3パック入っていたので、私は手前のパックを1つ手に取って大塚さんたちがいる台所に戻った。



