…………やっぱり、行くのは、やめようか。
こんな祖母を一人にしたら、何が起きるか分からない。 またガスをつけたままなのを忘れて過ごすかもしれないし、そのまま眠ってしまうかもしれない。
誰も帰ってこないままの家にいたら、母親を探しに夜出歩いてしまうかもしれない。
……私の所為で、祖母まで失ってしまうかもしれない。
そうなったら、私はもう、立ち直れない。 本当に死んでしまいたいと思うだろう。
「紗季ちゃん」
名前を呼ばれたけれど、私は今にも涙が出てしまう気がして、顔を上げられない。
「紗季ちゃん、聞いて」
手に力を込めて視線を上げると、仲田さんは私の腕を引っ張って、後ろの扉をゆっくりと閉めた。
「もう……我慢しないで。 あなたは、もう十分すぎるくらいに頑張ってるんだから、周りを頼っていいのよ」
私は咄嗟に言葉の意味を理解できず仲田さんの顔を見ると、仲田さんは「ううん」と独り言みたいに呟いて首を横に振った。
「……そうじゃないわね。 今まで、一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい」
仲田さんは、私の手をぎゅっと握る。 そうされて、幼い頃によく祖母と手を繋いで歩いたことを思い出した。
祖母の手は、いつも温かかった。
「どこかに、行かなきゃいけないのね?」
そう言われて、私は視線を揺らす。 また下を向いて、目元を拭う。 感情がぐちゃぐちゃで、まず何から言えばよいのか、うまく言葉が思いつかない。
けれど、ただ一つはっきりしていることは、行かなきゃ、きっと私は一生後悔するということだ。
「大切な友達が…………事故で…………」
そこまで言って、言葉に詰まって、思わず下を向く。 仲田さんに握られた手が震えてしまう。
やっぱり、私はまだこの現実を受け入れられていない。
だけど。
「その子に、最後に……会いに、行きたいんです」
こんなこと変なこと、理解してもらえるだろうかと不安がよぎるけれど、それでも、この気持ちは事実だ。
「…………そう」
仲田さんはゆっくり頷く。
「絶対に帰ってきます、だから……」
私の言葉を聞き終わる前に、仲田さんはもう一度頷いて、また私の手をぎゅっと握った。
「わたしね、紗季ちゃんのおばあちゃんに何度も助けられて、すごくお世話になったの。 だから、おばあちゃんのことは、このおばちゃんに任せなさい」
「……でも、迷惑じゃ」
「おばちゃんにとっても、紗季ちゃんのおばあちゃんは、大切な友達なの。 だから、大丈夫よ。 大人に、任せなさい」
仲田さんは、眉尻を下げて微笑む。
「だから紗季ちゃんも、その友達に会いに行ってあげて」
その仲田さんの言葉に、我慢していた涙が頬を伝う。 私は強く頷いて、目元を拭う。
「すみません……おばあちゃんのこと……お願いします」
「ええ。 でも紗季ちゃん。 心配だから、帰るときでもいいから、連絡はしてちょうだい」
仲田さんは「一応、これを……」と言うと、鞄からスケジュール帳と小さなボールペンを取り出すと、番号を書いてページを千切って私に渡す。
「これ、私の電話番号。 邪魔かもしれないけど……」
その言葉に私は首を横に振って、私はそれを受け取る。
「家にかけても……私からの電話はおばあちゃんは混乱すると思うから、仲田さんにしてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。 行き先で何か困ったことがあった時でも、いつでも掛けて来て良いからね。 ……紗季ちゃん、気を付けて、いってらっしゃい」
「はい……ありがとう、仲田さん」
私は頭を下げて、最後に私から仲田さんの手を握った。