「今なに読んでんの?」
「借りてたやつ」
田辺は私の膝の上に置かれた漫画を見ると「ああ、そうだ」と言ってリュックを開けて、この漫画の続きの7巻と8巻を取り出した。
「えっ、持ってきてくれたの?」
「うん」
田辺と私は、ここで漫画の貸し借りをする。 だけど、学校の校則で漫画とゲーム機の持ち込みは禁止なので見つかると没収されてしまうから、見つからないように鞄に入る巻数ずつしか持ち運べない。
だけど、今は教室のみんなは片手に収まるスマホで漫画を読んだりゲームをやったりしているので、校則の効力は、ほぼ無いに等しい。
「ほんとはもっと早く渡そうと思ってたんだけど、タイミング掴めなくて」
「いや、それは仕方ないし……ありがとう」
私は田辺から漫画を受け取る。 胸が、さっきとは違う音で高鳴る。
「なんか、延命措置受けられた気分」
「なにそれ」
「いま、これが私の生きがいなの」
それを聞いた田辺は「大袈裟すぎ」と言って笑うので、私は大袈裟なつもりはなかったけれど、田辺と同じように笑った。
グラウンドの方から運動部の掛け声が風に乗ってここまでよく聞こえてくる。 ここに田辺が来る前は、私は一人で屋上で過ごしていて、そんな時グラウンドからの真面目に青春を送っているこの声が聞こえてくると虚しさみたいなものを感じていた。
けれど、田辺がここに来るようになってからは、その虚しさみたいなものは薄れていった。
だから、いま思えば、その虚しさの正体は、独りぼっちなのが寂しかっただけだったのかもしれない。
「そんな新名に朗報だけど、9巻、明後日発売だから」
「えっ、やっば」
目を見開いて驚く私に、田辺は「顔」と言ってまた笑う。 その田辺の笑顔を見ると、私はいつもなぜか安心して思わず私の頬も緩む。
ここに居る時以外でも、田辺の隣にはいつも誰かしらが居て、田辺の周りにはいつも会話と笑顔が絶えない。
私は、教室ではいつもそれを少し離れた場所から見ていて、決して、田辺を囲むその輪には入らない。 というより、入れない、という方が正しいかもしれない。
だけど、ここには田辺と私しかいない。 私たちを見ている人は、誰もいない。 だから、安心するはずなのに、それでも、私なんかと一緒で田辺は退屈しないだろうかと不安に思うことが、正直ある。
私は、笑うのがあまり得意じゃないから、こんな私が田辺の隣に居てもきっとつまらないだろうと思う。
そう思うのに、田辺はここでも教室にいる時と変わらずに笑って過ごすことが多くて、気を遣わせているかも、なんて微塵も感じさせないくらいに自然体で、それでいて私にもよく話をして、私の話もよく聞いてくれる。