「たなべ……?」

そこに立つのは確かに田辺で、遺影に写っていたような幼い顔ではなくて、一昨日ここで会ったままの田辺だ。

「えっ……え?」

私は霞む視界を晴らしたくて、目を擦る。 その手が震えている。 もう一度目を凝らして見ると、やっぱり田辺はそこに立っていた。

「……なんで」

思わず言葉が零れ落ちて、無意識に一歩前に踏み出す。 

「私……さっき田辺の葬式に行ってたんだけど……」

「うん、知ってる」

田辺は特に表情も変えないまま頷く。 

この状況を全然飲み込めないけれど、いまの私の言葉を肯定してほしくはなかったと頭の片隅で思う。

事実を受け止めるには私には全く余裕がないのに、田辺本人からそう言われてしまったら、それはもうどうしようもない。

少しくらい否定してくれたって、良かったのに。

「……なんで」

自分の声が、風にかき消されてしまう気がする。

「なんで、死んじゃったの」

零れ落ちた言葉は、田辺に届いているか分からないくらい小さかった。

もしかしたら、これは全部悪い夢なのかもしれない。 それか、私の頭もおかしくなったのかもしれない。 可能性は、十二分にある。

でも、いま目の前で起きていること全部が私の頭の中の出来事であるのなら、田辺は私の言葉に答えないでほしい。 

「……ごめん」

田辺はただそう呟いた。 その表情は、悲しそうで苦しそうな、初めて見る表情だった。

そんな顔を、私がさせてしまった。 胸がずきりと鈍い音を立てた気がした。

「新名に、お願いがあって、会いにきた」

視線を一瞬揺らして、言うのを少し迷ったような雰囲気で田辺は言う。 

「少し遠くに、行きたい所があるんだ」

「行きたいところ?」

聞き返すと、田辺は頷いた。

「桜の葉公園って分かる?」

「え……うん」

「すぐに帰れるか分からないから……無理にとは言わない。 でも、もし来られそうなら、来て欲しい。 俺、そこで待ってるから」

田辺は一方的に言うと、振り返って開いたままの扉の中に入って行ってしまう。

「ちょ、ちょっと……!」

田辺の後を追いかけるように走って扉に向かったけれど、そこにはもうそこには誰の姿もなかった。

思わず胸を掴む。 鼓動が酷くうるさくて、呼吸が乱れる。

再びフェンスの方へと振り返ってみるけれど、やっぱりそこにも田辺はいない。

「でも……」

桜の葉公園に行けば、また田辺に会えるのだろうか。 

私は屋上の扉を閉めて、鍵は掛けないまま階段を駆け下りた。 幸い、まだ授業中のようで廊下を行き来する生徒や先生は居ない。

あまりに走りっぱなしで流石に疲れて、階段の踊り場で膝に手をつくと、私は靴も履き替えずに校内に入って来てしまったのだと今さら気が付いた。

額に滲む汗を拭いながら私はまた階段を駆け下りて、下駄箱で立ち止まることなくそのまま駐輪場に向かって、自転車に跨がって来た道を戻る。 

さっきグラウンドで馬跳びをしていた生徒たちは、今はグルグルとグラウンドを走らされていた。

自転車を漕ぎながら、体育の授業で眺めていた田辺の姿を思い出す。  

田辺は、いつもちょうど良かった。

マラソンでも球技でもなんでも、一生懸命やり込む訳ではなくて、笑って楽しめるくらいの加減でやっているみたいだった。

田辺はクラスの中のみんなにちょうど良く馴染んでいた。 みんなを上手く繋いで、クラス全体を馴染ませていた。

だからきっと、私以外の誰にとっても、田辺の存在は大きかったのだと思う。