「……結衣、ごめん。 私、帰る」
「えっ、ちょっと」
私は列に逆行して、集団から抜け出す。 何故かは分からないけれど、無性にイライラして、仕方がない。
どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだ。
腹が立つ。 どうして。 私は、一体なにに腹を立てているんだろう。
会場の駐輪場に停めていた自転車に乗って、そのまま学校に向かった。 ペダルを漕ぎながら、結衣の言葉が耳から離れてくれなくて、私は思わず眉根を寄せる。
田辺が自殺? そんな馬鹿げたことを言った奴はどこの誰だ。
田辺が、自ら道路に飛び出て行ったのを見た人がいるのか。 でも、そんなの、田辺がよそ見をしてただけかもしれないのに。
そう思いながらも、なんで私がこんなに苛立っているんだとまた改めて思う。
苛立っている理由は、結局、私が田辺のこと何も知らないからだろうか。
思い出す。 なぜ、あの夕立が来た日、田辺は屋上に来たのだろう。 何をしに、あの屋上に来たのだろう。
学校に着くと、グラウンドでは他学年が体育の授業で馬飛びをしていて、さっきまで私が居たセレモニーとのギャップがなんだか滑稽だった。
突っ込むように駐輪場へ自転車を停めて、鍵もかけないまま走って、校内に入って階段を駆け上がる。
呼吸が乱れて、喉が焼けるように熱い。 けれど、そんなのはもうどうでも良かった。
階段を最上階まで登って、私は屋上の扉の前に立つ。
スカートのポケットからヘアピンを取り出して差し込む。 こんな手順今まで何度もしてきたのに、どうしてか今は手が震えて上手くいかない。
こんな所で時間を掛けていたら、揺らいでしまう。 迷ってしまう。
カチッとロックの外れる音が小さく聞こえて、重たい扉を力いっぱい押す。 その瞬間、風が吹き込んで邪魔な髪の毛が後ろに撫でられて、視界が一気に明るくなる。
私はフェンスの方へ向かう。 頬を撫でる向かい風すらも、今は腹立たしい。
私の胸の高さほどしかないフェンスの手摺りを掴む。 簡単に乗り越えられそうだ。
「……なんで……」
思わず、言葉が零れ落ちる。
なんで? そう聞きたい相手が、今ここにはいない。
もう、ここにも来ない。
もう、田辺は……。
「新名」
風の音の隙間から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
反射的に私は扉の方を振り向く。
そこには誰かが立っていて、風に靡いて視界を遮ろうとする髪を手で抑えて目をよく凝らす。