「田辺、寝坊?」

また、クラスメイトの一人がそう呟く。

「わからん、今も既読付かん」

「お前も? 俺も昨日から既読つかないんだよね」

「まだ寝てんじゃね」

「だとしたら珍しくない?」

「バイト遅かったんじゃん?」

「あー、掛け持ちしてるんだっけ?」

「俺通話かけてみよっかな」

「ばか、もう相川来るぞ」

「まだいけるって」

皆、不安を共有するみたいに次々と話すので、私も気持ちが変に焦る。 

「田辺くんが休むなんて、珍しいね」

結衣がそう言った後に、朱理が「田辺くん、駅前の居酒屋でバイトしてるよね」と言った。

田辺のバイトは、昨日は休みだった。 帰ったのも、夕方の5時で決して遅い時間じゃない。 じゃあ、寝坊ではないんじゃないか。 それなら、風邪でも引いて、今も寝込んでいるのかもしれない。

頭の中で色々考えながら、クラスメイトが田辺に掛けているその通話に、田辺が出てくれればと願う。 

けれど、その願いも虚しく、田辺が通話に出る前に教室の扉が開いて、私を含めたクラスメイトの皆が、教室に入って来た担任の相川先生の真っ赤な顔を見てぎょっとした。

その担任はらいつもメイクばっちり決めてくるのに、今日はスッピンみたいで、しかも泣き腫らしたみたいに目を腫らして鼻を真っ赤にした顔をしていて、ただ事ではない何かが起こったのだろうと、皆が教室の中のたった一つ空席の田辺の席に視線を向けた。

担任は鼻を啜りながら教壇に立って名簿ファイルをぱたんと置くと、嗚咽の混ざった震えるか細い声で、田辺史緒が死んだことを告げた。

死因は、下校途中の交通事故だった。

聞いた瞬間、心拍数が一気に跳ね上がった。 視界が、ぐわんと曲がった気がした。

あるクラスメイトは、驚きのあまりか立ち上がったようで、椅子が床に倒れる音が教室中に響いた。 その男子生徒は、田辺ととても仲が良かった。

その他は、ただ茫然とする生徒、わっと泣き出す生徒がいた。

その中で、私は何故か胸の辺りに何か得体の知れないものが込み上げてきて、ただただ吐き気がした。 その理由は、分からない。 

驚きのあまり……涙が込み上げてきそうで……告げられた言葉の意味を受け入れられなそうで……。 どれも違う気がする。

それでも、込み上げてきたものを我慢する為に私は顔を俯かせて、込み上げてくる何かをぐっと堪えた。

それから、明日の葬式にはクラスみんなで参列しましょうと担任は言った。 

私は、何故強制参加なのだろうと思った。 けれど、私一人だけ不参加するのは常識的ではないことは分かるので、何も言わなかった。

その日は、私たちのクラスはそのまま放課となった。 それでも、すぐに帰宅するような生徒はいなかった。

教室は、異様な雰囲気に包まれていた。 田辺と特に仲が良かったクラスメイトたちは嗚咽を漏らしながら泣いていて、担任や他の子達が集まって、肩を摩ってやっていた。

私は田辺の空いた席を見て、昨日田辺が帰る間際に言いかけたことはなんだったのだろうと、ぼんやりと思った。