……私、毎日手伝ってるよ。 

そう言おうと思っても、祖母は私のことを自分の娘だと思い込んでいるのだから、私がいくら私自身のことを話しても、祖母は理解してくれない。

祖母に、認知症のような症状が現れたのは昨年の秋だった。 はっきり認知症だと断言できないのは、診断を受けたわけではなく、私がネットで祖母の症状を調べただけだからだ。

最初は物忘れが増えたくらいに思っていたけれど、ある日から、祖母は私のことを母の名前の“絢”と呼ぶようになった。

初めの頃は、私の名前は“紗季”で、娘ではなく孫だと何度も説明したけれど、祖母は不思議そうな顔をして、寧ろ私がおかしくなったんじゃないかと言って取り合ってはくれなかった。

母親なんて、私をここに置き去りにしてから一度も帰ってきていないのに。 私と祖母を、あの人は見放したのに。

私の方が、ずっとずっと祖母と仲良く過ごしてきたはずなのに、この家では“紗季”という私は存在しない子になってしまった。

それでも私は、祖母がその内またふとした拍子に、私の名前を呼んでくれるのではないかといつも期待してしまう。

そんな期待をした所で自分が悲しくなるだけなのにと思いながら、鍋とシンクにべっとりと流れ出たシチューをキッチンペーパーで拭き取る。

今日の夕飯は、昨日おばあちゃんがテレビを観ながら「美味しそうねぇ」と呟いていたカレーにしようと思ったんだけどなあ、と思いながら、カレーに使おうと思ったジャガイモやにんじんが入ったシチューを器に盛り付ける。 今日買ってきたカレールウは、棚に仕舞っておいた。

「どう、美味しい?」

食卓について、シチューを一口食べた私に祖母は聞く。 

認知症の症状のひとつに、料理の味付けが変になってしまうことがあるらしい。 

だけど、祖母が作る料理は変わらない。 なんて皮肉だろうと思う。 祖母は私のことも私の好物も忘れてしまったというのに、ここにはもういない人の好物を突然思い出したように作って、そして、味はとびきり美味しいだなんて。 

「美味しいよ」

その言葉を聞いた祖母は、「良かった」と目尻のシワを濃くして笑った。