翌日、斎場に向かった。待合ロビーに入ると、身体はひんやりと冷たい空気に包まれて肌が粟立った。斎場に集まったのはクラスのほぼ全員で、ロビーの奥では相川先生が係員と何か一生懸命話している様子が見えた。
やっぱりここに来るのは担任とクラスの代表数名で良かったのではと、昨日から上手く働かない頭の片隅で思う。
私たちは列に並ぶように指示された。先頭の先に見えた遺影の田辺は笑顔で、今よりもずっと幼いような気がした。ここに来てみれば、田辺が死んだことが現実を帯びるだろうかと考えていたけれど、遺影写真のあどけない笑顔の田辺を見ても、まだ信じられない。
後ろから小声で名前を呼ばれて振り向くと朱理が立っていた。手には白いハンカチを持っている。
「なんかさあ、全然現実味ないよ」
朱理が言ったその言葉に、私は「うん」とだけ返事をする。私たちの前後に並ぶクラスメイトも、どこか落ち着かない様子でこそこそと何かを話している。
結衣は、少し遅れるとさっきメッセージが入っていた。
「ねえ……あの人って田辺くんのお母さんかな」
朱理が指差す先を見ると、小さな祭壇の横に喪服を着た細身の女の人が立っていた。泣いたり、怒ったりせず、何も表情は作らないまま足元に視線を落としている。
「……そうなんじゃない」
私は、遺影に写る田辺と細身の女の人を交互に見る。あまりよく見えないけれど、顔はやはり田辺と何処となく似ているけれど、雰囲気はまるで似つかず、茶髪に染められている伸びた髪は少し雑に後ろで一括りにされていて、喪服のせいもあってか肌の青白さがより際立って、生気がなく、今にも萎れてしまいそうだ。
「なんか……あんまり似てないね」
朱理も同じようなことを思ったのだろう。私は頷いた。
「田辺くんのこと、昨日夕方のニュースになってたよね」
「……そうなんだ。 見てないや」
「そっか……。 ねえ、これは見た?」
朱理は、私の隣にぴったりとくっついて制服のブレザーからスマホを取り出した。
「田辺くんのこと、書かれてるの。 なんか、自殺、っていう噂もあるみたいで……」
「…………え?」
思わず、身体が硬直する。身体の全身の血の気がさぁっと引いていく感覚がした。朱理が操作するスマホの画面には、ネットニュースが映し出されていた。私はそこに表示された文字の並びを目で追う。
『Y高の男子生徒が交通事故で死亡。 運転していた50代男性運転手は、男子生徒が自ら飛び出してきたと証言しており……』
「実際、目撃者はいないし、この運転手も速度超過してたらしいんだけど……」
朱理は言いながら、今度はSNSの書き込みの画面をスマホに映す。ハッシュタグで、『Y高学生死亡』と検索バーに打ち込むと、匿名の投稿が引っかかる。
[母校の生徒だ。 若いのに可哀想だなあ]
[ご冥福をお祈りします]
[ここの道、見晴らし悪いからなぁ。 運転手も不憫な気もするわ]
[夕方ニュースに出てた母親、なんか呂律回ってなかった]
[この生徒の母親、よく飲み歩いてるよ。 パチでも見かけるわ]
ー[親ぱちカスか]
ー[それは親ガチャ失敗]
ー[親知ってるとか怖]
[前にも他のとこで高校生事故で死んだよな。 それは自殺だったっけか]
ー[自分でトラック突っ込んだやつだよね]
ー[これも、違うとは限らんよな]
ー[自殺ってこと?]
ー「確かに。 多感な年頃だし、なくはないよな]
そこまで読んで、朱理の指が画面を下にスクロールすると、上に新しい投稿がされているようだった。
「……田辺くん、家庭環境もちょっと複雑だったみたいなんだよね」
朱理の声が、耳の奥で鳴る自分の心臓の鼓動にかき消されて、うまく聞こえない。田辺が、自殺……? なんで、そうなるんだ。
そう思った時、どこからか、また「自殺」と言葉が聞こえた気がして、私は思わず振り返った。
自殺? 田辺が? そんなこと、ある訳ない。
田辺はあのとき、私に、また明日と、言ったんだ。
「……朱理、ごめん。 私、帰る」
「えっ、ちょっと」
私は列に逆行して、集団から抜け出した。列の後ろにいた結衣に声を掛けられたけど、立ち止まることは出来なかった。何故かは分からないけれど、無性に腹が立って仕方がない。
どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだ。どうして。私は、一体なにに腹を立てているんだろう。
駐輪場に停めていた自転車をそのまま学校へ走らせた。ペダルを漕ぎながら、朱理の言葉が耳から離れてくれなくて、思わず眉根を寄せる。
田辺が、自殺?そんな馬鹿みたいなことを言った奴はどこの誰だ。田辺が、自ら道路に飛び出て行ったのを見た人がいるのか。でも、そんなの、田辺がよそ見をしてただけかもしれない。
そう思いながらも、なんで私がこんなに苛立っているんだとまた改めて思う。苛立っている理由は、結局、私が田辺のこと何も知らないからだろうか。
思い出す。なぜ、あの夕立が来た日、田辺は屋上に来たのだろう。何をしに、あの屋上に来たのだろう。



