夏の暑さはましになってきて、少しづつ秋に近づいてきた。そして体育祭の前日になった。

今日の昼ごはんも愛実と蓮と一緒に食べる。

「2人とも〜屋上に行く準備できたー?」

「俺はとっくに終わってるっ」

「麗華〜もうちょっと待って〜」

「もーう、愛実置いてくよー?」

「いやー! お待たせ」

蓮はこの学校に転校してから数週間が経ち、学校に馴染んできたようだ。愛実は急いで教科書などを机から片付けて私たちの方に駆け寄る。

「ではしゅっぱーつ!」

階段を上り、私は屋上のドアを開けた。今日の空は落ち着いていて気持ちが整う。私たちは食べる場所を決めてそこに座り、昼ご飯を食べ始めた。卵焼きを口にほうばりながら愛実は蓮に話しかけた。

「成瀬くんってさ、どこら辺から来たの?」

「まあ、ここから凄い遠いかな」

「えー、そうなんだ」

愛実は蓮と話せて凄く嬉しそうだ。頑張れ愛実!私は心の中で応援する。

「じゃあさ、成瀬くんの好きな女子のタイプ教えてよ〜」

愛実は急にこんな事を蓮に聞いた。まあ、気になる人のタイプは知りたいしね、愛実はほんと勇気があるな。私は感心した。

「は〜? なんで吉田に言わないといけないんだよ?」

「えー、いいじゃんっ」

「教えねえよ」

「もーう、冷たいなー」

愛実と蓮は少し気まずい感じになってしまった。この空気を何とかしなければ、私はそう思って違う話題に変えることにした。

「そ、そういえばさ明日体育祭じゃん? 2人とも何の競技に出るの〜?」

「俺は150m走」

「私は〜借り物競走だったかな、」

借り物競走とはカードが入った箱まで走り、引いたカードにお題が書かれているので、それに合う人を誘って一緒にゴールまで目指すというものだ。

「そうなんだ!」

「麗華は何の競技?」

蓮が話しかけてきた。

「私は100m走だよ!」

「頑張れよ」

「うん」

蓮は優しく私を応援してくれた。そして皆お弁当を食べ終えて、愛実が喋った。

「よしっそろそろ戻ろ〜」

「そうだね!」

「おうっ!」

教室に入り、次の授業の準備を終えた私達はしばらく喋っていた。すると教室のドアから私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「麗華ちゃーん! ちょっと話があって、」

その声は、どうやら咲ちゃんだった。話とはなんだろう、桐山と縁を切れとか?少女漫画ではよくある展開だ。でもあの優しそうな咲ちゃんがそんな事を言うはずがない。私は咲ちゃんの元へ行った。

「どうしたの?」

「あの........、実は私、桐山くんと少し前に別れたんです。」

え、別れた!?何でだろう。傍から見るとすごくお似合いで、幸せそうだったのに、一体何があったんだ。しかもわざわざ私に伝えてくれるとは........何かある、よね?

「別れた原因はね、最近桐山くんと話が全然噛み合わなくて、桐山くんがもう別れようって........」

「そ、そうなんだ........」

話が噛み合わなくなった?一体どうしたんだろう。そう言えば私も以前桐山と話が噛み合わなくなった時があった。

「桐山くんと中学の時から一緒だった麗華ちゃんなら何か知ってるのかなって、」

うーん、中学の時は普通に話してたしな。

「ごめんっ、私も分からない、」

「そうだよね、急に呼び出しちゃってごめんねっ」

「全然! こちらこそわざわざ伝えてくれてありがとう」

「うん!」

そして咲ちゃんは、2組の教室に入って行った。私も戻ろう。

「麗華おかえりっ」

愛実が嬉しそうに私に言ってきた。

「ただいまっ」

「そろそろ授業始まるな」

蓮はそう言いながら席に座った。私と愛実も席に座る。

いつものように授業が終わり、放課後になった。すると愛実はニヤニヤしながら私に近づいてきた。愛実は誰にも聞かれないように私に相談してきた。

「麗華〜私、成瀬くんに告白しようかな」

私はびっくりして変な声が出そうになった。やはり愛実は凄く勇気がある子だなと改めて思った。

「本当!? 告白しちゃいな! 応援してるよ」

「うん! ありがとう麗華」

愛実はそう言って蓮を屋上に連れて行ってしまった。

私は1人になった。もう帰ろうと思い教室を出た。廊下に桐山が立っていた。ちょうどいい、私は桐山に咲ちゃんが言っていた事を聞くことにした。

「桐山! 久しぶりだね」

桐山と話すのは少し久しぶりだった。

「おうっ」

「咲ちゃんから聞いたよ?桐山から別れようって言ったんだよね、どうして?」

「........」

桐山は辛そうな顔だった。

「俺さ、中学3年生の時に事故に合ったんだよ、伊藤も知ってるだろ?」

「う、うん」

そうだった、桐山は中学三年生の時事故にあってから学校にずっと来ていなかった。

「俺が事故にあった時、そのストレスの影響で記憶障害になっちまってさ、ずっと病院で入院してたんだけど、どうしても高校に行きたくて医師にも親にも相談してやっと病院から出れたんだ。」

「だけどさ、最近その記憶障害がどんどん悪化してきてて記憶がどんどん無くなっていくんだ。だから吉田と付き合っても、嫌な思いさせてしまうし、迷惑かけてしまうから別れることにした。」

「それにもう一度入院しなければいけなくて、体育祭が終わってから俺は入院することになった........」

「え、........」

私は信じたくなかった。事故にあったのは知っていたが、記憶障害を負っていたことは全く知らなかった。だからあの約束も咲ちゃんが告白してくれたことも桐山は忘れていたのか。何でもっと早く教えてくれなかったの。

「じゃ、じゃあさもう学校に来れなくなっちゃうの?」

「それは分からない。もしかしたら記憶障害が落ち着いてきたら、行けるかもだけど、」

「そんな、........」

桐山との高校生活。明日が最後になっちゃうの?私が中学1年生の時、桐山に虐めから助けてくれた時の事、桐山は凄くかっこよかった。次は私が桐山を助けたい。私から居なくならないで........。また会えなくなるなんて嫌だよ、目から溢れんばかりの涙がぽたぽたと頬を濡らし地面に落ちてゆく。

「おいおいっ、泣くなよ、」

「だって、だって、こんな........」

桐山は私にハンカチを渡してくれた。

「ありがと」

「いいから、それで拭け」

私は桐山がどこの病院に行くのか尋ねようと思った。そしたら学校じゃなくても病院で会うことが出来る。

「桐山ってどこの病院に入院するの?」

「ん、?えっと、確か、........ごめんっ病院の名前忘れたわ、」

「え〜何それっ」

桐山は本当に忘れてしまっのか、それとも私に教えたくないのか........。

「明日の体育祭........、頑張れよっ」

「うん! 桐山もねっ」

桐山は私に気を使ったのか、話題を変えてきた。桐山を見ることも、桐山と話すことも、明日で最後になってしまう、嫌だな。私は自分の気持ちを今、伝えようと思った、伝えるべきだと思った。だけど、だけど、言葉が出ない、口が震える。やっぱり私には勇気がなかった。そして結局私は伝えることが出来なかった。

「じゃあなっ俺部活行ってくるわっ」

「う、うん! 頑張ってね」

「おうっありがとな!」

桐山の後ろ姿........。中学生の時よりもだいぶ背が伸びていてたくましかった。ねえ桐山、お願いだからあの約束思い出してよ。あっ、愛実はどうなった?様子見に行った方がいいよね、私は階段を上がり、屋上に着いた。そこには愛実が1人で立っていた。告白は終わったのだろうか、私は愛実の元へ駆け寄った。

「愛実〜? 告白はどうだった?」

「麗華、私振られちゃたよー、」

「なんか、他に好きな人がいるみたいで、」

「そうなんだ、でも愛実はよくやったよ!」

「麗華ー、辛いよー、」

蓮に好きな人か、どんな人だろう。こんなに可愛いくて料理もできる女の子を振るなんて........。

「よしっ! 愛実! 今からカラオケにでも行きますかっ!」

「おっ! いいね! 麗華天才!」

そしてカラオケに約2時間くらい滞在した。丁度7時くらいになったので私たちはそろそろ帰ることにした。

「ばいばい麗華ー! 今日は色々ありがと! 体育祭頑張ろうね!」

「うん! 頑張ろうね〜! ばいばーい」


「ピピピ ピピピ ピピピ」

うぅ、眩しい、アラームの音だ。今日は体育祭なので早めに起きて、ヘアセットに時間をかける。いつもなら髪を結ばずに下ろしているが、今日はポニーテールにしようかな、リビングに行って朝ごはんを食べ、玄関の扉を開けた。今日の空には鰯雲があり、空を泳いでいるように見えた。

しばらく歩いていると誰かが私に話しかけてきた。

「麗華ー、おはよっ」

蓮だった。

「びっくりしたー、蓮おはよ!」

「今日なんか涼しいなっ」

「そうだね〜」

「なあ麗華、今日俺がリレーで1位になったらさ、放課後教室に来てくれないかな、」

「え、うん、分かった」

なんだろう、蓮はいつもと何か違った。今日は桐山が学校に来る最後の日だ。

そして私と蓮は学校に着いた、しばらくしてから愛実がこちらに向かってきた。

「おはよ〜麗華、成瀬くん!」

「おはよ愛実!」

「おはよ吉田〜」

愛実はほんとに蓮に告白したのだろうか、2人はいつもと全く同じだった。

運動場には、放送の声が響いていた。

「皆さん〜学校に着いた人から各学年、各クラスの応援席に座ってください」

「蓮〜愛実! 私たちも座りに行こっ」

私はそう言って応援席に向かった。私たちの応援席の隣には2組の応援席があり、1組から5組まで並んでいる。

「ちょっと緊張してきたかも、」

いつも明るい愛実が少し弱音を吐いていた。

「大丈夫だよ〜体育祭楽しも!」

「うん! そうだね!」

ふと蓮を見ると静かに席に座っていた。クラスの皆は体育祭で盛り上がっていた。

「おーい伊藤!」

桐山の声だ、こっちに向かってくる、今日は後悔のないように沢山話そう。

「桐山! 桐山はどの競技に出るの〜?」

「俺は150m走だよ」

「そっか、頑張ってね!」

「おうっ」

桐山は2組の応援席に戻っていった。私は少し冷たい視線を蓮の方から感じた。でもきっと気のせいだろう。

そしていよいよ体育祭が始まった。高校生活で初めての行事なので楽しみだ。

「それでは、今から体育祭を実行します」

「プログラム1番、借り物競走! 参加する生徒は入場口に集まってください」

愛実は確か借り物競走に出ると言っていた。

「愛実! 頑張ってねっ」

「うん! 行ってくる」

アナウンスと共にピストルが鳴る。

「位置について、よーい、ドン!」

愛実は楽しそうに走ってる。頑張って愛実!愛実は早速カードを引いた。そして私をめがけて全力疾走してきた。

「麗華行くよ!」

「うん!!」

私たちは、全力でゴールまで走り終えた。一体カードには何て書かれていたのだろう。

「愛実〜カードに何て書かれてたの?」

「え?えっと確かあなたの親友だったかな?」

「そうなんだ!」

親友か、なんだか嬉しい。私たちは応援席に戻った。すると放送が鳴った。

「続きまして、プログラム2番、150m走!参加する生徒は入場口に集まってください」

150m走は、蓮と桐山が出ると言っていた。2人とも頑張れ!愛実も蓮を応援していた。

「成瀬くん頑張ってね!」

「おうっ」

そういえば、今朝蓮にリレーで1位をとったら放課後教室に来て欲しいと頼まれていた。


桐山と蓮はどうやら一緒のレーンだった。どっちが勝つんだろう。なぜか緊張してきた。

「位置について、よーい、ドン!」

皆足がとても早い、クラス中が盛り上がっている。今のところ桐山が皆んなよりもリードしていた。このまま桐山が1位だと思った。きっと見ている生徒もそう思っていただろう。だが、残り50mくらいの所で蓮がどんどん皆を追い抜かしている。そしてなんと、ゴールギリギリで桐山を抜いた。凄く圧巻な走りだった、余韻が残る。愛実も興奮してきゃーきゃー叫んでいる。走り終えた蓮が私の元へ駆け寄ってきた。

「蓮凄かった!」

「おうっ」

「放課後来いよ?」

「う、うん。」

蓮の顔は本気だった。

そしてほかのプログラムも終わり、私が出る番になった。緊張してきた。上手く走れるかな、こけたらどうしよう........。

「プログラム7番 100m走、参加する生徒は入場口に集まってください」

私は入場口に向かおうと、席を立った。すると桐山が私の所にきた。どうしたんだろう。

「伊藤頑張れよっ」

「うん!」

桐山はわざわざ応援しに来てくれたのだ。緊張していた私は桐山の声を聞いて一気に緊張がほぐれた。よしっ頑張ろう。

「位置について、よーい、ドン」

私は全速力で走った。足を素早く回転させ、腕を振る。息が切れてきた、最近あまり運動していなかったからだ。よしゴールが見えてきた!ゴール!なんとか1位になれた。凄く嬉しい。息を落ち着かせて私は応援席に戻った。そして愛実が駆け寄ってくれた。

「麗華おかえり! 凄かったじゃん!」

「ありがと、疲れたー!」

「麗華ってあんな足早かったんだな」

蓮も駆け寄ってきた。

「まあね、」

そしていよいよ最終プログラム、ダンスだ。ダンスは1年生、2年生、3年生の順番で、今まで暑い中頑張って練習してきた。

「それでは最終プログラム、ダンスです!参加する生徒は入場口に集まってください」

クラスの皆で、円陣を組み、運動場へ走り出した。音楽に合わせ体を動かす。私は今までダンスをあまりしたことが無かったが、練習を重ねて上手く踊ることができた。そして私たちは踊りきった。2年生も3年生も凄く上手な踊りだった。そして体育祭は幕を閉じた。愛実は何かに見とれていた。

「愛実ー? 何見てんの?」

「えっ!? ほら見て! あの2年の先輩すっごいイケメンじゃない?」

「愛実ってばほんっとイケメン好きねー」

「私ちょっと声かけてくる!」

「え、じゃあもう先に帰るよ?」

「うん! お疲れ様! ばいばーい!」

愛実は例の先輩の元へ行ってしまった。そして私は、蓮に言われた通り教室に向かった。体育祭を終えてほぼ皆帰ってしまい、学校の校舎は静まり返っていた。教室のドアを開ける。そこには窓の外を見ている蓮が待っていた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

「大丈夫、俺もさっき来た所だから」

「なあ麗華、俺お前のことが好きだ、付き合ってくれ」

「えっ、」

えっと、私は今蓮に告白された?しかも付き合ってだなんて........。嘘、これは現実?全然予想がつかなかった言葉が私の脳裏を走っている。

「俺、麗華が最初屋上に入ってきた時、この人しかいないって、そう思ったんだ」

「返事はいつでもいいから、」

「........」

正直、私はまだ桐山の事を忘れることが出来なくて、好きだという気持ちをずっと引きづっていた。私は桐山との約束を絶対思い出させたい。なのに私は桐山に伝えれなかった。

「もしかして、まだあの好きな人の事諦めてないのか........?」

私は小さく頷いた。

「これからも諦めないつもり?」

「う、うん........。でも私に告白してくれてありがとう。嬉しかった」

「私、どうしても、どうしても諦めたくないの、だから蓮の気持ちには答えれない。ごめんね」

「そうか、でも俺ちゃんと気持ち伝えれて良かったわ」

「えっ、?」

「俺さ、親の転勤とかで学校を転々としてきたからさ、好きな奴できても結局伝えれないまま転校しちまうんだ。だから気持ち伝えれて良かったなって、」

「そうなんだ、凄いな......私なんて怖くて気持ち伝えれないや」

「気持ちを伝えるのは確かに怖かった。だけど後悔するより絶対いいよ」

「俺これからは麗華の恋応援する事にするわ、悔しいけど」

「え、あ、ありがと、」

「困ったらいつでも俺に相談してこいよな」

「うん!」

「今だから言うけどさ、リレーで走ってる時、1位はもう無理かと思ってた」

「あー、あの時ほんと凄かったよね!」

「まあな、麗華のために走ったから」

「もーうやめてよっ、恥ずかし」

蓮はいつものように無邪気な顔で笑っていた。蓮の好きな人って私だったんだ。

「よしっそろそろ帰るか、」

「そうだね」

私たちは秋の夕日に包まれながら帰った。