「バカじゃ…ないの…」

「言ったろ?好きになったら周りなんてどうでも良くなるって」

「そうだったね」

「だから、お願い。忘れろなんて言うなよ」

「………うん」



耳に届いた俺は一瞬にして力が抜ける。

別に何も状況は変わってないのに、なんだか全部が解決したような感じになってしまった。

それでも嬉しい思いが込み上げてきて笑ってしまう。



「何笑ってんの」

「ううん。可愛いなって」

「またすぐそう言う…」

「本心だよ。俺嘘苦手なの知ってるだろ?」

「うん、知ってる」

「だから信じて」

「涼」

「なに?」

「ありがとう」



甘い。

好きな人からの感謝の言葉は甘く感じる。

まるでさっきのクレープみたいに。

もし、愛を囁かれたら俺はどんなふうにになってしまうのだろう。

きっと甘ったるくて胸焼けを起こしてしまいそうだ。

でも何度も聞きたい言葉。

それはきっと話す相手が桜だから。



「どういたしまして」

「でも今は会えない」

「…は、はい?会えないって言った?」

「うん。言った」

「え?今の流れで?俺はてっきり会えるのかと…」

「私は会おうなんて言ってないよ」

「俺は会う気満々だけど?」

「でもそんなこと言ってない」

「なら言えよ」

「やだよ」

「………」

「拗ねた?」

「拗ねてねぇーよ」



すると桜が吹き出す笑いをした。

そんなにわかりやすい声をしていたのか。

昔から色んな人に言われるけど、やはり俺は感情が出るタイプだ。

頭をガシガシと掻きながら唸っていると桜が笑いながら話す。



「そんなに会いたいの?」

「当たり前だろ」

「私よりも良い人いるのに」

「俺は桜が良いんだよ」

「よく恥ずかしい言葉ポンポンと言えるよね」

「1回言ったからな」

「……ねぇ涼」

「ん?」

「涼が言っていたのは本当だったよ」

「何がだよ」

「福島の夜って本当に静かなんだね。真っ暗だし、車の音なんてほとんどしない。虫の音が心地いいなんて初めて思った」



俺の体に鳥肌が立つ。

思わず立ち上がって俺は電話を両手で握ると、焦るように早口で桜に問いかける。



「ま、まさか、福島!?」

「冬休みになったら住所送るよ。お互いの気が変わってなかったらね」

「いや、今送って。どこ?どの市?地区は?」

「今言ったら学校サボって来るでしょ。それとも期間空いたら気が変わるの?」

「そんなことないだろ!てか福島の冬舐めるなよ!?新幹線止まって会えなかったらどうするんだよ!」

「その時は延期だね」

「はぁ!!?」



せっかく教える気になってくれたのに肝心の住所は教えてくれない。

俺はもどかしくてしょうがなかった。



「冬休みって言ったからな」

「うん。お互いの気が変わってなかったらね」

「2回も言わなくていい。絶対会う」

「ふふっ、それじゃあ私も頑張るよ」

「無理すんな。学校行きたくなかったら行かなくていい」

「ううん。行ってみる。私はお父さんじゃないから。それに何かあっても涼が慰めてくれるでしょ?」

「いじめた奴、殴りに行ってやるよ」

「ははっ、頼もしい」



やっとちゃんと桜の笑い声が聞こえた。

俺は安心して涙が出そうになる。

桜に気付かれないように滲んだ目を拭った。



「桜、ありがとう」

「私は何もしてない」

「しただろ。俺を信じてくれた」

「…お礼を言うのはこっちだよ。涼、味方になってくれてありがと」

「好きだよ」

「あっそ。じゃあ切るね」

「えっ、ちょっ、」



ブチッと音が鳴ったと同時に通話が終了した。

もしかして照れてしまったのだろうか。

だとしたら嬉しくて俺はニヤけてしまう。

しかしそんな姿を他の人に見せるわけにはいかないので口角に力を入れた。



「……よし!」



俺は握りしめてクシャクシャになったクレープの包み紙をゴミ箱に捨てて運動公園から出て行く。

何週間も悩んでいたのが嘘のように心が澄みきっていた。

桜の言葉1文字1文字が俺を動かしてくれる。

まるで俺の人生を操作する、物書きみたいだなと思った。

秋は訪れたばかり。

冬が来るまではまだまだ時間はある。

でも桜は約束してくれた。

次、会った時にとびきりの笑顔をさせてあげられるよう俺も頑張らないといけないな。

そう思った9月の中旬前だった。