【完結】君は僕のストーリーテラー

帰る時、昇降口で靴を履くたびに、夏休み前の桜との話がフラッシュバックする。

日差しが強かったあの日。

俺達は運動公園にある移動販売のクレープを食べに行ったんだ。

そこで夏休みの予定を話して、青春について語り合った。

実際に語ったのは俺だけど。

そして運動公園で別れた後、1人で桜と夏休み中に何かしようと考えた。

その結果浮かんだのが海。

結局連れて行ったのは良いけど、俺のせいで台無しに終わってしまったのは良い思い出なのかもしれない。

告白の時の桜の表情や言葉。

今では過去のものとなってぼやけている。



「…まじかよ」



ふと、我に返って俯いていた顔を上げると運動公園にいた。

家に帰るはずだったのに思い出に浸った結果、足が勝手にここへ出向いたらしい。

俺は笑うしかなかった。

どこまで諦めが悪いんだよと。

仕方ないから気晴らしに運動公園内を歩いてみる。

幼稚園児くらいの小さな子供を連れた親達がベンチに座っていたり、小学生らしき人がランドセルを背負ったまま走っていた。

俺は歩き進めると開けた場所に出る。

そこにはあの移動販売のクレープ屋が来ていた。



「そーいえば前も水曜だったっけ…」



俺の足は止まる事なくクレープ屋に向かって行く。

周りには似たような制服を着た人が何人か居たけど、俺は並ぶ事なく店員に注文をする。



「バナナチョコクレープ1つお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」



クールな表情をした店員はこの前は居なかった。

新しく入った人だろうか。

素早い手つきでクレープを完成させて行く。



「お待たせしました」

「ありがとうございます」



俺は出来立てのクレープを受け取ると、近くのベンチに座った。

改めて見ると綺麗に盛り付けされている。

さっきの店員は器用な人なのか。

俺はスマホを学校カバンから取り出して1枚写真を撮った。

そしてすかさず桜にメッセージと共に写真を送る。



【前のクレープ食べに来た。めっちゃ綺麗じゃね?】



返信も、既読も付かないことは知っている。

あの事件の日から何回もメッセージを送った。

一方的に俺ばかりの文章がトーク欄に並んでいる。

それでもやめられなかった。

何かある事に桜にメッセージと写真を送る。

もしかしたら見てくれるかもしれない。

そんな小さく非現実的な希望が俺の中に芽生えているからだろう。

俺は一旦アプリを閉じるとクレープにかぶりつく。



「…うま」



甘い味がダイレクトに感じられて美味しい。

でもこれは後で飲み物が欲しくなるやつだな。

前は桜が買ってきてくれたんだっけ?



「未練たらたらじゃねぇかよ…」



俺は次々に浮かび上がる思い出をかき消すかき消すようにまたクレープを口に入れた。
食べ進めて行くうちに俺の中で微かな期待が生まれる。

電話をかけてみれば出てくれるのではないかと。

今の時間帯なら学校に行っていたとしても終わる頃だ。

部活さえ入っていなければ、暇してるはず。

俺は最後の1口を放り込んでモグモグとしながら桜のメッセージアカウントを開いた。

そのまま止まる事なく指は通話ボタンを押す。

1コール目、2コール……目に入る前に電話をかける音が消えた。



「えっ」

「しつこいんだけど」

「ちょっ、ちょっと待った!」



スマホの表示画面には通話中と書かれている。

まさか出ると思わなくて俺は慌ててクレープを飲み込んだ。



「なんで!?ずっと既読も返信もしてくれなかったのに!」

「うるさいんだけど…。だって…誰とも話したくなかったから」

「あ……ごめん」

「まぁいいよ。…元気?」

「…元気」

「全然そんな感じじゃないけど」

「元気だよ。桜は?」

「元気ではないかな」



俺は耳にスマホを当てて久しぶりの桜の声に心が躍る。

しかし桜は最後に話した時よりも沈んだ声をしていた。



「大丈夫か…って言われても別に嬉しくないよな」

「そうだね」

「どこに引っ越したの?」

「内緒」

「なんで」

「言ったら例え離島でも涼は来るでしょ?」

「離島なのか?」

「例えだよ。そう聞くという事は行こうとしてたんだ」

「俺は会いたい」

「私は会いたくない」



自分の気持ちを伝えても速攻で断りの返事が返ってきて頭がガクッと下がる。

そんなにキッパリ断らなくても良いじゃないか。

自然と俺は拗ねたような声になって電話越しに桜は小さく笑った。



「もう会えないよ」

「会うよ」

「なんでそこまで私に執着するの?メッセージも放っておいたら50件以上入ってるし」

「良いだろ別に」

「…勘違いだったらごめん。まだ、好きなの…?」

「今回ばかりは諦めが悪いんだ。…好きだよ」



俺は運動公園で何言ってるんだと思う。

電話をしているとわからない人からしたら1人で愛の言葉を呟いているヤバい奴と引かれてしまう。

それでも桜を説得するように俺は伝えた。



「会えるなら今すぐ会いたい。時間も、金もかかっていいから。俺は…そう思ってる」



少し震えそうになる声。

やっぱり弱虫だ。

もっとカッコよく決めれれば心変わりしてくれるかもしれないのに。



「…私は犯罪者だよ」
小さく、でもはっきりとした言葉で桜はそう言った。

俺はそれを否定するように声を出す。



「違う!桜は何も悪くない!」



ここは運動公園だけど周りの人なんてどうでも良い。

今俺の側を通って行った老人が振り返ってこっちを見たけど俺は気にしなかった。



「私も…彼を殺した」

「俺は詳しい事はわからない。でも俺は桜を信じる。信じるから…」



俺は下を向いてまるで目の前にいる桜に頭を下げるような体勢になる。

伝わってくれ。

そう思っても桜の声のトーンは変わらない。



「学校にも行けてないの」

「桜…?」

「小さくて少人数の学校でも、海辺って名乗るだけで冷たい目で見られる。こんな苗字珍しいもん。それにあの人が捕まったから世間では海辺が広まりつつあるし」

「だったら戻って来いよ!俺が守るから!桜の事を悪く言う奴から守るから!」

「もう、戻れない。ごめん」



俺は思わず耳からスマホを離してしまった。

俺の持ち札はもう何もない。

何を言っても桜は来てくれないし、会ってくれないんだ。

わかってしまった桜の想い。

俺の片思いは本当に終わってしまうんだ。

そう思った。

離したスマホから桜の声がまた聞こえる。

聞きたくない事を聞いてしまいそうで怖い。

でも桜の声に耳を傾けたいという思いの方が強かった。



「私の事は忘れて。もう涼とは他人だよ」

「…そんなこと言うなよ」

「私も涼のこと忘れるから」

「やめろよ」

「……そっちがやめてよ…」



桜の言葉が喋るたびに弱くなっていく。

震えも微かに聞き取れた。

俺はスマホを握っている手にギュッと力を込めて、ビビるなと自分を鼓舞する。

今俺が負けてしまったらきっと本当に会えなくなってしまう。

そんなの無理だ。

好きで満たされてしまった気持ちは抑える事は出来ない。



「桜。まず俺の話を聞いて」

「…なに」

「俺はもう桜に惚れすぎてるんだよ。今更忘れろとか、嫌いになれとか出来るわけない。桜が1人で辛いなら、俺だって一緒に罪を背負うよ。まだ何も知らないけどさ。人殺したって、罰を重ねたって、半分持つから」

「何で、そこまで」

「大切だからだよ」



俺がそう言った瞬間に桜は泣いた。

電話越しでもわかる泣き声。

そばにいて背中を摩ってあげられないのが悔しくてたまらない。

もっと力があれば隣にいれるのに。

告白の返事が逆だったら抱きしめてあげれたのに。

でも叶わないならこれから叶わせればいい。

だから俺はずっとメッセージを送り続けたんだ。



「バカじゃ…ないの…」

「言ったろ?好きになったら周りなんてどうでも良くなるって」

「そうだったね」

「だから、お願い。忘れろなんて言うなよ」

「………うん」



耳に届いた俺は一瞬にして力が抜ける。

別に何も状況は変わってないのに、なんだか全部が解決したような感じになってしまった。

それでも嬉しい思いが込み上げてきて笑ってしまう。



「何笑ってんの」

「ううん。可愛いなって」

「またすぐそう言う…」

「本心だよ。俺嘘苦手なの知ってるだろ?」

「うん、知ってる」

「だから信じて」

「涼」

「なに?」

「ありがとう」



甘い。

好きな人からの感謝の言葉は甘く感じる。

まるでさっきのクレープみたいに。

もし、愛を囁かれたら俺はどんなふうにになってしまうのだろう。

きっと甘ったるくて胸焼けを起こしてしまいそうだ。

でも何度も聞きたい言葉。

それはきっと話す相手が桜だから。



「どういたしまして」

「でも今は会えない」

「…は、はい?会えないって言った?」

「うん。言った」

「え?今の流れで?俺はてっきり会えるのかと…」

「私は会おうなんて言ってないよ」

「俺は会う気満々だけど?」

「でもそんなこと言ってない」

「なら言えよ」

「やだよ」

「………」

「拗ねた?」

「拗ねてねぇーよ」



すると桜が吹き出す笑いをした。

そんなにわかりやすい声をしていたのか。

昔から色んな人に言われるけど、やはり俺は感情が出るタイプだ。

頭をガシガシと掻きながら唸っていると桜が笑いながら話す。



「そんなに会いたいの?」

「当たり前だろ」

「私よりも良い人いるのに」

「俺は桜が良いんだよ」

「よく恥ずかしい言葉ポンポンと言えるよね」

「1回言ったからな」

「……ねぇ涼」

「ん?」

「涼が言っていたのは本当だったよ」

「何がだよ」

「福島の夜って本当に静かなんだね。真っ暗だし、車の音なんてほとんどしない。虫の音が心地いいなんて初めて思った」



俺の体に鳥肌が立つ。

思わず立ち上がって俺は電話を両手で握ると、焦るように早口で桜に問いかける。



「ま、まさか、福島!?」

「冬休みになったら住所送るよ。お互いの気が変わってなかったらね」

「いや、今送って。どこ?どの市?地区は?」

「今言ったら学校サボって来るでしょ。それとも期間空いたら気が変わるの?」

「そんなことないだろ!てか福島の冬舐めるなよ!?新幹線止まって会えなかったらどうするんだよ!」

「その時は延期だね」

「はぁ!!?」



せっかく教える気になってくれたのに肝心の住所は教えてくれない。

俺はもどかしくてしょうがなかった。



「冬休みって言ったからな」

「うん。お互いの気が変わってなかったらね」

「2回も言わなくていい。絶対会う」

「ふふっ、それじゃあ私も頑張るよ」

「無理すんな。学校行きたくなかったら行かなくていい」

「ううん。行ってみる。私はお父さんじゃないから。それに何かあっても涼が慰めてくれるでしょ?」

「いじめた奴、殴りに行ってやるよ」

「ははっ、頼もしい」



やっとちゃんと桜の笑い声が聞こえた。

俺は安心して涙が出そうになる。

桜に気付かれないように滲んだ目を拭った。



「桜、ありがとう」

「私は何もしてない」

「しただろ。俺を信じてくれた」

「…お礼を言うのはこっちだよ。涼、味方になってくれてありがと」

「好きだよ」

「あっそ。じゃあ切るね」

「えっ、ちょっ、」



ブチッと音が鳴ったと同時に通話が終了した。

もしかして照れてしまったのだろうか。

だとしたら嬉しくて俺はニヤけてしまう。

しかしそんな姿を他の人に見せるわけにはいかないので口角に力を入れた。



「……よし!」



俺は握りしめてクシャクシャになったクレープの包み紙をゴミ箱に捨てて運動公園から出て行く。

何週間も悩んでいたのが嘘のように心が澄みきっていた。

桜の言葉1文字1文字が俺を動かしてくれる。

まるで俺の人生を操作する、物書きみたいだなと思った。

秋は訪れたばかり。

冬が来るまではまだまだ時間はある。

でも桜は約束してくれた。

次、会った時にとびきりの笑顔をさせてあげられるよう俺も頑張らないといけないな。

そう思った9月の中旬前だった。
耳を傾けると鳥の鳴き声や、風の音が良く聞こえる。

都内にいたら聞こえなかった音達だ。

私は日の当たる縁側で1人空を眺めていた。

雲は私のことを何も知らない。

でもずっと変わらない空は私の事を知っている。

どうせならいっそ、雲だけと友達になりたいな。

そう思っていると後ろから声をかけられて私は振り向いた。

私のおばあちゃんが手招きして玄関へ呼ぶ。

どうやら客人が来たみたいだ。

縁側から立ち上がって玄関へと向かう。

玄関にはお土産の袋をもった貴方が立っていた。



「来てくれて…ありがとう」



久しぶり会った貴方のおかげで、私は一瞬だけ笑顔を作れる。

その顔を見て安心したように貴方は笑ってくれた。

お土産を手渡すと私の頭を撫でて来る。

照れ臭かったけど、私は大人しく撫でられていた。



「上がって」



そう言って招けば頷いて家に上がってくれる。

丁寧に靴を揃えるところは性格通りだなと思った。

私は居間に貴方を連れて行くとおばあちゃんがお茶の準備をしてくれていた。

おじいちゃんは現在、隣のお家に行って世間話をしている。

きっと私の客人が来るのを知っていたから席を外してくれたのだろう。

居間にある座布団に貴方を座らせる。

すると貴方はすぐ側にある仏壇に気付いたようで立ち上がった。



「うん、これは私のお母さん」



静かに笑う遺影と私を見比べるように貴方は交互に見る。  



『似てるね』



そう言ってくれた貴方は線香を上げてくれると仏壇に手を合わせてくれた。

私は貴方の服の裾を軽く引っ張る。

驚いたようにこっちを向いた貴方に私はもう一度、



「本当に来てくれてありがとう」



そう言った。

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