車から降りるといつものように建物の中に入って受付を通る。
今日はあの2人組のお姉さん方は居なかった。
才田さんはエレベーター前に着くと首から下げていたカードをかざす。
全ての動作がいつもと同じ。
でも心の中はモヤモヤとした何かが渦巻いている。
下に降りて行くエレベーターと同じように私の気分も下がって行った。
扉が開いたと同時に才田さんと並んで真っ直ぐの廊下を歩く。
その奥の扉の前でまたカードをかざして、パスワードを入力すると機械的な音を鳴らして横に開いた。
「ここには誰も居ないから」
才田さんはそう言って奥へと進む。
私はパソコンが置かれている部屋を見渡すが本当に1人も研究者は居なかった。
そして前を向いて青年がいる部屋の大扉の前に立つ。
才田さんは横にある機械を操作し始めると私の方に顔だけ向けた。
「彼が最後に会うのは桜ちゃんよ。窓を叩く音がした10秒後に薬が自動的に投入される。そこで離れるか、最後を看取るかは桜ちゃんが決めて」
「…はい」
「開くね」
説明がし終わると同時に重い音が鳴り響いた。
私は完全に開ききった扉から前を見る。
真っ白な部屋の中央には、ベッドに横たわっている青年がいた。
1歩、1歩としっかり床を踏み締めて近づく。
今回は大扉は閉まらなかった。
私はベッドに近づくと目を瞑っている青年の手をそっと握る。
「……あ…」
冷たい手が私の体温で温められていくと同時に青年の目が覚めた。
顔だけ横を向いて薄っすら開けた目で私を認識しようとしている。
「桜です」
「さ、くら、ちゃん…」
前よりも途切れ途切れになっている青年の言葉。
私は床に膝をつけてなるべく青年と目線を合わせようとした。
やっと綺麗な青い目が見れて私は微笑む。
「こんにちは。会いたかったです」
「ぼ、く、も…」
目を細めて笑ってくれる青年。
私は改めて体全体を見るとありとあらゆる所に管が繋がっていた。
これも全てお父さんが…と思うと自然と握ってない手に力が入る。
「今日は約束を守りに来ました」
「うみ……?」
「はい。海を連れて来たんです。良かったら見てくれませんか?」
「う、ん」
青年も覚えてくれていた約束。
私は嬉しくなって手を離し、絵を広げようとする。
しかし離した途端青年の手は動き出す。
まるで何かを探しているように。
「どうかしましたか?」
「て……」
「あっ、はい」
私の手を探していたようで咄嗟にまた手を握る。
すると安心したように表情を変えてくれた。
左手は青年の両手によって包み込まれているので私は右手だけで輪ゴムを外して絵を整える。
ちゃんと広げられるように逆に巻いて真っ直ぐにした。
「見れますか?」
「う、ん…」
「はい。これが貴方と私の海です」
私は布団を被っている青年のお腹に絵を立てて海を見せた。
みるみる口角が上がる青年。
私はそのリアクションだけで満足だ。
青年の右手が離されてなぞるように絵に触れようとするが、画用紙に指が触れる前に止まった。
私はその様子に笑ってしまう。
「今回は乾いてるので大丈夫ですよ?前のこと覚えててくれたんですね」
そう言うと止めた手を伸ばして画用紙に直接触れた。
以前、乾いてない絵を触れようとした時に私が注意してしまった事を覚えていたようだ。
なんだかその様子が可愛くて私の顔は綻ぶ。
青年は海をなぞるように人差し指を動かした。
「きれ、い…」
「ありがとうございます。特にここ…波の部分を意識しました。今にも連れ去ってくれそうでしょ?」
「うん…」
青年は夢中になってなぞる。
これで約束は果たせたのだ。
頑張った甲斐があった。
青年は一生懸命に海を描く。
これは青年と私だけの海辺だ。
今日はあの2人組のお姉さん方は居なかった。
才田さんはエレベーター前に着くと首から下げていたカードをかざす。
全ての動作がいつもと同じ。
でも心の中はモヤモヤとした何かが渦巻いている。
下に降りて行くエレベーターと同じように私の気分も下がって行った。
扉が開いたと同時に才田さんと並んで真っ直ぐの廊下を歩く。
その奥の扉の前でまたカードをかざして、パスワードを入力すると機械的な音を鳴らして横に開いた。
「ここには誰も居ないから」
才田さんはそう言って奥へと進む。
私はパソコンが置かれている部屋を見渡すが本当に1人も研究者は居なかった。
そして前を向いて青年がいる部屋の大扉の前に立つ。
才田さんは横にある機械を操作し始めると私の方に顔だけ向けた。
「彼が最後に会うのは桜ちゃんよ。窓を叩く音がした10秒後に薬が自動的に投入される。そこで離れるか、最後を看取るかは桜ちゃんが決めて」
「…はい」
「開くね」
説明がし終わると同時に重い音が鳴り響いた。
私は完全に開ききった扉から前を見る。
真っ白な部屋の中央には、ベッドに横たわっている青年がいた。
1歩、1歩としっかり床を踏み締めて近づく。
今回は大扉は閉まらなかった。
私はベッドに近づくと目を瞑っている青年の手をそっと握る。
「……あ…」
冷たい手が私の体温で温められていくと同時に青年の目が覚めた。
顔だけ横を向いて薄っすら開けた目で私を認識しようとしている。
「桜です」
「さ、くら、ちゃん…」
前よりも途切れ途切れになっている青年の言葉。
私は床に膝をつけてなるべく青年と目線を合わせようとした。
やっと綺麗な青い目が見れて私は微笑む。
「こんにちは。会いたかったです」
「ぼ、く、も…」
目を細めて笑ってくれる青年。
私は改めて体全体を見るとありとあらゆる所に管が繋がっていた。
これも全てお父さんが…と思うと自然と握ってない手に力が入る。
「今日は約束を守りに来ました」
「うみ……?」
「はい。海を連れて来たんです。良かったら見てくれませんか?」
「う、ん」
青年も覚えてくれていた約束。
私は嬉しくなって手を離し、絵を広げようとする。
しかし離した途端青年の手は動き出す。
まるで何かを探しているように。
「どうかしましたか?」
「て……」
「あっ、はい」
私の手を探していたようで咄嗟にまた手を握る。
すると安心したように表情を変えてくれた。
左手は青年の両手によって包み込まれているので私は右手だけで輪ゴムを外して絵を整える。
ちゃんと広げられるように逆に巻いて真っ直ぐにした。
「見れますか?」
「う、ん…」
「はい。これが貴方と私の海です」
私は布団を被っている青年のお腹に絵を立てて海を見せた。
みるみる口角が上がる青年。
私はそのリアクションだけで満足だ。
青年の右手が離されてなぞるように絵に触れようとするが、画用紙に指が触れる前に止まった。
私はその様子に笑ってしまう。
「今回は乾いてるので大丈夫ですよ?前のこと覚えててくれたんですね」
そう言うと止めた手を伸ばして画用紙に直接触れた。
以前、乾いてない絵を触れようとした時に私が注意してしまった事を覚えていたようだ。
なんだかその様子が可愛くて私の顔は綻ぶ。
青年は海をなぞるように人差し指を動かした。
「きれ、い…」
「ありがとうございます。特にここ…波の部分を意識しました。今にも連れ去ってくれそうでしょ?」
「うん…」
青年は夢中になってなぞる。
これで約束は果たせたのだ。
頑張った甲斐があった。
青年は一生懸命に海を描く。
これは青年と私だけの海辺だ。