8月24日の朝は快晴だった。

連日の雨が嘘のように晴れ渡っている。

私は部屋のカーテンを開けてその眩しさに目を細めていた。



「……よし」



着替えも終わり、ただ1つの持ち物の絵を巻いて大切に抱える。

この海は私の最後の作品だ。

もう2度と絵は描かないと決めた。

そのため画材も捨てたし、風景画の描き方の本だって処分した。

だからだろうか。

この絵が1番大切に思えてくる。

私は絵を片手に持ち替えて玄関へと歩き出す。

あらかじめ貴重品などは昨日の夜のうちに今日泊まるホテルへと、才田さんの力を借りて持って行ってた。

なので部屋の中はすっからかん。

当然スマホも持ってないから今日の世間の情報を私は知らない。

でもそれで良かったかも。

余計な事を考えなくてすむ。

最後に部屋をぐるりと見渡して私は扉を閉めた。

階段をいつもよりゆっくり降りて行って私の最後の足跡をつける。

慌てて登ってスネをぶつけて泣いた時もあったな。

どの場所にも、どの家具にも最低1つは思い出がある。

私は玄関まで来ると1回深呼吸して靴を履いた。



「行ってきます」



家中に響いた挨拶は誰にも返してもらえなかった。

そのままの足で私は家の前に停まっている車に乗り込む。

運転席には才田さん。

助手席に座ってシートベルトをするとすぐに車を発進してくれる。



「荷物はこれだけ?」

「はい」



才田さんは私が持ってきた、ただ1つの絵をチラッと見て言った。



「今日中なら自由に動けるから何か足りないものがあったら言って?明日からはバタバタすると思うけど…」

「わかりました。その時は言います」

「うん。…眠れた?」

「全く」

「だよね」



笑って返す才田さんの目の下には少しクマが出来ている。

当然私も目元は薄っすら黒く染まっていた。



「才田さんは、これからどうするんですか?」

「うーん…。まだ明確に決まってないけど、とりあえず実家に帰るかなぁ。桜ちゃんは?」

「お父さんのおじいちゃんとおばあちゃんの家に行きます」

「じゃあ転校になるのかな?」

「はい」

「そっか」

「でも大丈夫。話を聞く限り、小さな学校らしいので人数も少ないみたいです。大人数が嫌いな私なら馴染めると思います」

「なら良かった。でもなんかあったらすぐに連絡してね?お姉ちゃんと約束」

「はい。約束します。でもそれはお姉ちゃんにも言えることだから…」

「ふふっ、そうだね」



私達は指切りはしてないものの、固い約束を交わす。

お姉ちゃんが出来たのはこの手伝いで数少ない良かったところだ。

私は運転をして前を向いている才田さんを見てそう思った。



「そろそろ着くけど、準備はいい?」

「はい。大丈夫です」



才田さんが運転する車は研究室のある真っ白な建物の駐車場へと入って行った。