しかしその手は頭に乗ることなくお父さんの元へ戻っていく。



「何したかったの?」

「…撫でようと思った。しかし私に撫でる資格はない。それにこの手は汚れている」

「私は、、構わないけど。だってしばらく会えないんだし」

「ダメだ。私自身が許せない」

「そう…」

「桜は私をまだ父と呼んでくれるのか?」

「えっ、何で?」

「先程普通に言っていたからな。桜は私の娘だ。しかし私自身を桜の父親とは言えない」

「本当自分に厳しいよね」

「厳しいかどうかの問題ではない。…当然の事だ」



お父さんは1回、目を静かに閉じてまた開ける。



「だからもう、お前とは会えないだろう」

「……」



片隅ではわかっていた。

しばらく会えないのではなく、2度と会えないだと言う事を。

でもそれを認めたくなくて都合よく私の中で変換していた。

でもお父さんがそう言うのなら、もう会うことは無いのだろう。



「桜」

「うん?」

「私は何もお前に捧げてやれなかった。それなのにお前は私に何度も幸せをくれた。……最後に欲しい物はあるか?」

「欲しい物…」

「金でも今の私に出来ることなら何でもやろう。私の命が欲しいのなら喜んで差し出す。それが私からの最初で最後のプレゼントだ」



私は背の高いお父さんの目を見つめる。

必然的に上を向くことになるが、高校生の今なら中学生、小学生、幼稚園児の時よりはマシになっているだろう。

それでもお父さんは大きい。

私は体をちゃんとお父さんに向けた。



「抱きしめて、頭撫でて」

「……それは…」

「何でもするんでしょ?」

「桜はいいのか?」

「大丈夫。やるのは一瞬だけ。そしたらお父さんが触れた部分は皮膚が痛くなるまで洗うし、この服は捨てる。そうすれば何も残らないでしょ?」

「…そうだな」

「それじゃ…よろしく」



了承を得ても私はその場に立って動かない。

お父さんも動かなかった。

数分の時が流れて、お父さんは首を傾げる。

私は呆れたようにため息をついてしまった。



「今だけは普通になりたいの。…腕広げて、おいでくらい言ってよ…」

「そ、そうか。……桜おいで」



やっと腕を横に開いてくれたお父さんに顔を緩ませて抱きついた。

控えめに背中へと腕を回すお父さん。

それに反するように私は腕に力を入れた。

ゆっくりと壊れ物を扱うように頭を撫でられる。

2回ほど触れられた後、その手は降りていった。



「ありがとう」

「ああ、」



宣言通り一瞬で離れる。

私は微かに残るお父さんの香りと暖かさでまた笑った。



「私が離れたら、桜が思う良い人に沢山笑わせてもらえ。桜の笑顔は花のように綺麗だ」

「ふふっ、初めて言われたよ。もしかして桜って名前はお父さんが付けたの?」

「よく使われる名前だけど、私が好きなのは桜の花だからな。一瞬で過ぎ去る季節を可憐に咲く姿は愛おしい」

「私は一瞬だけじゃないよ?」

「人は、一瞬という名の永遠を生きるものだ」

「科学っていうか文学だね」

「そういうのは秋菜が好きだったんだ」

「お母さんが…」

「さて、私はそろそろ出て行くよ。鍵は閉めておく。明日の朝出る時も一応閉めておいてくれ」

「うん」

「それじゃあな」

「うん」



お父さんは最後の1つのカバンを持つと、後ろにいる私を振り返ることなく部屋から出て行く。

明日会えるかはわからない。

もしかしたら今この瞬間が最後かもしれない。

それでも私はお父さんの後ろ姿を引き止めなかった。

だって、お父さんはこれから新たに人を殺すのだから。