「なんか曇ってきたな」



私は顔を上げて空を確認する。

涼の言う通り、灰色の雲が多くなってきた。



「ここらで写真撮っておいた方がいいかもしれない」

「そうだね」



私は画用紙を貼り付けている板を置くと、前みたいに飛ばされないように重しを乗せる。

空いた手でスマホを持って海の写真を何枚か撮り始めた。

目で見るのと、写真で見るのとでは風景が全く別物になってしまう。

本当は実物をこの目で見ながら描きたいけど仕方ない。

雨の中描いたって綺麗な海の絵にはならないのだから。



「…うん。撮れた」

「それじゃあどうする?帰る?粘る?」

「この後の天気どうだろう?」

「俺の天気アプリだと2時間後から小雨」

「30分粘って良い?」

「良いよ」



涼の承諾も得た私はまた板を膝の上に乗せる。

出来るだけ目に海を写しておきたかった。

涼はずっとさっきの体勢とは変わらずにボーッと海を見つめている。



「天気が良いと綺麗なんだけどさ。こう、曇ってると何だか明るいのが欲しくなるよな」

「祈ってれば?」

「今更天気変えられねぇよ」

「もっと前だったら変えられたんだ」

「てるてる坊主作れば何とかなる」

「ふはっ、てるてる坊主って」 

「笑うなよ。誰しも小さい頃は信じてたろ?……もっと綺麗な景色だったら良かったのに」

「そうだね」



私が動かす筆は力の入れ方に強弱をつけて色の濃さを変えていく。

大体大まかな所までは塗れた。

一旦海を見つめて、私の絵に何が足りないかを探す。

…波の色が少し薄いかな。

私は筆をパレットと画用紙を行き来させてまた塗るのを再開した。



「なんで海って花が咲かないんだろうな」

「何急に」

「今の海って天気のせいで寂しく感じるからさ、どうやったら眩しく見えるのかなぁって考えたら花が浮かんだ」

「だって砂浜に花は生えないでしょ」

「そうなんだけど…」



すると私の中である出来事が浮かんでくる。

思わず止めてしまった筆の部分は濃く色付いていた。

慌てて水で伸ばして色を薄くする。



「涼、質問なんだけど」

「んー?」

「薄い色で、周りにいっぱい咲いて、花びらは…5枚?それで木じゃなくて地面に生えているのって何かな?」

「何それ。そんなの沢山あるだろ」

「そうかもしれないけどさ」

「俺は花詳しくないから知らねぇ」



あっさり諦めた涼に対してむすっとした顔を向けた私。

すると涼はスマホを私に見せてきた。



「25分経過」

「後5分ある」

「空見ろ」

「あっ」



また顔を上にするとさっきよりも雲が暗くなっている。

私はため息をついて片付けを始めた。



「帰りもあるからな」

「わかってるよ…」



渋々動いて画材をしまう。

絵はクルクルと巻いて輪ゴムで留めた。

少し風も冷たくなっている気がする。

私は今更だけど、乱れた髪を整えた。