「……ありがとね。着いてきてくれて」

「別に。暇だったし」

「それでもありがとう」

「…それは誰にやるの?随分とこだわってるようだけど」

「誰に…?関係性は何て言ったらわからないな。強いていえば話し相手」

「友達とかじゃなくて?」

「うん。話し相手」

「それなのにわざわざ絵を描きに?」

「…亡くなるの」

「えっ」

「もうすぐ亡くなるの」

「…そうだったんだ。なんかごめん。ズカズカ聞いちゃって」

「ううん。大丈夫」



私は堤防の上に座りながら絵を描き、涼は堤防の下に立って背中を預けていた。

潮風が私の髪を揺らす。

時々落ちてきた髪を耳にかけながら、私は広がる海と自分の海を見比べる。

「あのさ」

「何?」

「夏休み終わるくらいに花火大会あるの知ってる?」

「毎年あるやつでしょ?」

「一緒に行ってほしい」



涼は海とは反対方向を見て私に言った。

その言葉に筆が止まる。

よくよく考えれば24日を過ぎればあの家には居られなくなる。

ほとんど会ったことのないおじいちゃんとおばあちゃんの家に行くのだから。

それも全部お父さんのせいで。

そしたら必然的に涼には会わなくなってしまう。

私は一瞬だけ涼を見てまた画用紙に筆を走らせた。



「約束は出来ない。お父さんが……忙しくなるの。その関係で自由に動けない」

「…そっか」

「…あのさ、涼はなんで私なんかを好きって言ってくれるの?」

「好きだと思ったら好きって言うだろ。人間なんて衝動的なんだからさ」

「他にも良い子がいるよ」

「桜は好きになったことあるの?」

「誰を?」

「誰かを」



どんな感情かもわからない涼の声に耳を傾けながら悩む。

思い返してもそんな感情は生まれなかった。

その前に私は好きの感情がわからない。



「好きになるとどんな感じなの?」

「ドキドキ?」

「それだけ?」

「バクバク?」

「どっちも同じじゃん」



ただ言葉を変えただけの涼の返事に私はフッと笑う。

また潮風が私の髪を下ろした。



「その人のためならどうでも良くなるんだよ。後先考えずに動きたくなる」

「それって友達にも言えるよね?」

「また違う部類。なんかこう……込み上げてくるっていうかさ」

「ふーん」

「桜が聞いてきたんだろ」

「涼も私を見ればそう思うの?」

「勿論」

「素直なこと」



すると涼は堤防から背中を離して体の向きを変えると、私が座っている真っ直ぐなコンクリートに腕を乗せた。

そして顔を腕の上に置くと顔だけ私に向ける。

「言っただろ?1回言えば何回だって言えるって」

「そうだったね…」



私は涼の視線を返せない。

段々と色付いていく画用紙は何だか暗く見える。

私は自分の表情を隠すように、落ちた髪を戻しはしなかった。