「お待たせ、桜ちゃん」

「いえ…」

「助手席に乗って?」

「わかりました」



才田さんの車は10時30分ぴったりに私の家の前を止まった。

玄関前で待っていた私はすぐに近寄って車に乗り込む。



「暑い中待っててくれたの?」

「はい。でもちょっと前にシャワー浴びたので…」

「ま、まさか水?」

「はい」

「そっか…」



勘のいい才田さんは私が冷たい水を浴びた事を当てて、顔を若干引き攣らせていた。

でもすぐに前を見て車を発進させる。

私も前だけを見ていた。



「今日は研究室じゃないから。ただ単に私のわがまま」

「…お父さんに頼まれたんですか?」

「ううん。本当に私のわがままだよ」



私が呟いた小さな声でも質問は優しい声で返ってきた。

それでも連れ出すタイミングが良すぎないか?

昨日の件があったから今日才田さんを登場させたと思っていた。

けれど才田さんは自分の意思で私を迎えにきてくれたのだ。

なんでだろうと流れる景色を見ながらボーッと考える。



「桜ちゃんは行きたいところある?」

「特には…」

「それなら海でも行こっか?」

「海……」



この前涼と言ったばかりだ。

でもあの景色は何回見ても飽きはしないはず。

でも私の気は進まない。

涼の告白と、青年への海の約束が重なってしまうからだろう。

私はすぐには答えられなくて迷ってしまった。



「うーん…」

「山、水族館、遊園地、動物園、映画館、ゲーセン…」

「才田さんが決めてください」 

「え?私が?……なんだろ」



私が考えるのをバトンタッチして、次は才田さんが悩む番だった。

ハンドルを握りしめながら頭を傾げる。



「あのその前に、なんで今日私を誘ったんですか?」

「……あのカフェ行こっか」 

「才田さん?」

「あそこで話そう?」



そう言った才田さんはハンドルを動かしてカフェの駐車場に停める。

ここは私達が初めて会った日に来たカフェだった。



「まだお昼前だから空いていると思う」



才田さんが車を降りると私に手招きしてカフェへ歩き出す。

私も助手席から降りて才田さんの後を追った。