「そこのソファ座って」

「わかった」



涼をソファに座らせた後、私は台所に行って飲み物を用意する。

全員麦茶で良いだろう。

ちゃんと朝ご飯の食器を片付けといてよかった。

私は3人分のコップに麦茶を注いでいると後ろからお父さんの声が聞こえる。



「桜、冷蔵庫に小さめのケーキがあったはずだ。それも出してくれ」

「そんな俺大丈夫ですよ?長居はしないので!」

「遠慮しないでくれ。2人暮らしだからケーキが余ってしまっているんだ。手伝ってくれないか」

「そういうことなら…」

「お父さん、これで良い?」

「ああ。麦茶は私が持って行こう」



私服に着替えたお父さんはおぼんに麦茶を置くとテーブルまで運んでくれる。

普通に出迎えてしまったが、お昼頃に帰ってくるのは夏休み前以来だ。

トラブルは片付いたのか。

でも才田さんからは連絡が入っていない。

涼が帰ったら聞いてみようと、私は大きな背中を見て思った。



「ありがとうございます」

「良いんだ。むしろ消費の手伝いをしてもらって悪いね」

「いえいえ!食べることは好きなので」

「涼は甘党だからね」

「そうか。遠慮なく食べてくれ」

「いただきます」



涼はケーキを受け取ると美味しそうな表情で食べ出す。

私はお父さんの隣の椅子に座って同じように食べ始めた。



「桜は迷惑かけてないか?」

「ちょっとお父さん…」

「全然です。むしろ面倒見がいいから勉強とか助かってます」

「それならよかった」  



涼の答えに安心したような言葉で返すお父さん。

なんだか今日はおかしい気がする。

暑い中、私の忘れ物を届けてくれたからというのもあるけど友達を自分から家に入れた。

それに私の事を誰かに尋ねることなんて今まで1回も無かったのだ。

それなのに今日は違う。

何かあったのかなと逆に心配になってきた。

私はケーキを麦茶で流し込んで口の中をリセットする。

既に涼はペロリと平らげていた。



「涼くんのお母さんのご実家はどこに?」

「福島です」

「なら新幹線かな?私も仕事で出向いたことがあるけど、福島県は自然豊かだね」

「はい。夜になると静かだし、真っ暗だからよく眠れます」

「そんなに静かなの?」

「少し虫の音がするけど、嫌な音じゃないよ」

「へー。田舎は行ったことないや」

「小さい時は探検ばっかりしてたよ。そして汚れて帰ってきて、すぐに風呂に入れられるのがお決まり」

「はははっ。男の子はそれくらい元気でなくては」

「今は探検っていうかゴロゴロしちゃうけど…」

「高校生になって探検はあまりしないか」

「小さい頃の興味というのは本当に面白いからね。それは大人になるにつれて徐々に薄れていってしまうのだが」

「凄いですね。答えが科学者らしいというか」

「実際科学者だからね」
 

お父さんは少しだけ表情を緩ませた。

涼の人懐っこさなら簡単に打ち解けるのだろう。

改めて涼のコミュニケーション能力に尊敬した。

私でさえお父さんの表情を緩ますのは至難の技なのに。

少し嫉妬を向けながらも私は涼から繰り出される話に相槌を打っていた。