すると僕の中である考えが浮かび上がる。

顔を上げて海辺さんに尋ねた。



「それじゃあ、僕も、お姉ちゃんみたいに…?」

「気づいてくれたか。そうだ。同じ菌を体に持つ君も近い将来そうなるだろう」

「じゃあ!どうしたら!」

「だから先程のサインだ」



興奮して声を出す僕に対してずっと冷静な声で話す海辺さん。

冷静の塊だと言えるだろう。

僕は次の言葉を待つように黙り込む。

1回溜まった唾液を飲み込んだ。



「これは契約書だ。ご両親は君を研究に使って良いと了承を得た」

「そしたら、僕の菌は無くなるんですか…?」

「断言は出来ない」

「そしたらやる意味は!」

「よく聞いてくれーーくん。この研究は1人を犠牲にして1人を助けるものなんだ」

「えっ…」

「それは薬を作る段階で言える事なのだが、もし、ご両親が早い段階で頷けば君かお姉さんどちらか犠牲にして薬を作り上げる。最悪の場合研究されたどちらかは死ぬことになるんだ」



それじゃあ、どうしたら良いんだよ…。

だからお父さん達は頷かなかったのか?

どっちか死ぬってなるから。

僕の頭の中は混乱が激しく回り始める。

どっちに怒りを向ければいいかわからない。

特効薬を作れる海辺さん。

僕たちを失いたくなくて、協力しなかったお父さんとお母さん。

僕は机に頭を置いて抱え込む。

涙は頬を流れ、机の上に水溜りを作る。

この涙にも菌が含まれているのかな。

僕が体をあげて薬を作ったって僕のためにはならないかもしれない。

でも、もしそれでお姉ちゃんが助かるとしたら?

僕は小さい声で海辺さんに質問した。



「薬を作ればお姉ちゃんは元に戻る?」

「戻らない」

「じゃあ僕がやる意味なんて…!どっちにしたって死ぬじゃないか!」

「私は君の体を使わせてもらう対価としてご両親に条件を出した。なんだと思う?」

「知らないよ…」

「金だ」

「か、ね…?」

「君は想像できないほどの膨大な金を対価として払った。君は、ご両親に売られたんだ」



海辺さんの言葉がただ頭の中でこだまする。

真っ白だ。何も浮かばない。

何を言えば良いのだろう。わからないや…。

売られた?売られるってあれだよね?

お金と引き換えにするやつ。

それって人間でも出来るんだ。

お金。お金。お金。お金。

改めて聞きたいよ。

僕はどっちに矛先を向ければ良い?

お金で交換した海辺さん?

それとも条件の頷いたあいつら?

……もうどっちでもいいや。

ただ今思うのは…死にたい。



「この機会だ。教えておこう。金は料理店の借金返済とお姉さんの入院費に使うらしい。私としては使い道なんてどうでもいいが…」

「は、はは、はははは」

「うむ。そろそろ始めようか。壊れた瞬間がちょうど良い」



プシューと僕がいる部屋に空気が入ってくる。

僕は頭を上げて脱力するように腕を下に下げた。

鼻から空気が入ってくる。

もう、どうだって良いんだ。



「おやすみ。ーーくん。次起きる時はきっと、嫌なことは忘れてる………」



最後に聞いた男性の声は優しかった。