まるで時間が進んで、僕だけ置いて行かれたようだった。

お母さんとお父さんが病室で先生と話している中、僕は外の硬い長椅子に座らされている。

思考は全てお姉ちゃんの顔と散った花達だった。

まだ自分の手には感覚が残っている。

正直気持ち悪いと思ってしまう。

けれどそんな事思ったらお姉ちゃんを否定してしまいそうで考えるのを辞めた。

俯いて自分の太ももを見ながら、勝手に時間が経ってくれるのを待つ。

僕はただここに居ろと言われただけで何も聞かされてない。

つまりお姉ちゃんが無事か、そしてどんな病気かもわからないのだ。

時刻は夕飯にする予定だった時間を過ぎている。

病院内も薄暗くて、まるで悪魔がやってきそうだった。

もし悪魔が本当に来てお姉ちゃんを連れ去ってしまったら?

想像するだけで震えが止まらない。

あれだけ泣いたのにまた視界が滲んできた。

僕の体の水分を全て流してしまうのではないか。

一滴、また一滴と次々に服を濡らしていく。

お母さん達はまだ出てこない。

少し顔を上げて病室の扉を見ても閉まったままだ。

僕は視線を戻すと、静まった病院の廊下が足音で響く。



「やぁ。君のお父さんはここにいるのかい?」

「あっ……」

「ーーくんだね。怖がらなくていい。私はお父さん達の知り合いさ。今から病室に入るけど、君も入るかい?」

「でも、ここで待っていろって…」

「そうか。ちゃんと躾されているみたいだ。それじゃあ失礼するよ」



スーツ姿の男性は僕に軽くお辞儀をしてお姉ちゃんの元へ行った。

お父さんの友人だろうか。

僕は全く面識がない。

するとお父さんの怒鳴り声が病室から聞こえた。

僕の肩はビクッと上がる。

初めてこんな声を聞いて僕の体は一層震えを増した。

さっきの男性が何かしたのだろうか。

静かだったはずの空間が大きな声で満たされる。

話の内容はわからないけど、深刻な状況なのは理解できた。

もしかしてお姉ちゃんが…?

僕は立ち上がって病室の扉を叩く。



「お父さん?お母さん…?大丈夫?」

「入るな!!」

「ひっ…!」



僕はお父さんの声に思わず手を引っ込める。

すると知らない男性の声が聞こえてきた。



「酷いですね。息子と言えどそんな態度をとるなんて」

「うるさい!ーー!お前は帰ってろ!」

「おと、う、さん….」

「今はお話出来る状態じゃなさそうですね。それなら私は失礼します」



立ちすくむ僕の目の前の扉が開く。

男性は僕の肩を優しく押すとそのまま腕を引いてどこかへ連れて行かれる。

お姉ちゃんの様子を見ようと思っても扉は既に閉じていた。



「ーーくん。私が送ろう。ちょうど車で来ているんだ」

「で、でも」

「お父さんは君に帰れと言った。それに従うしか今は選択肢が無いよ」

「……」

「ああ。それなら私の家にでも来るかい?流石に1人であの家に居るのは怖いかな?」



確信をつかれて僕は表情を固くする。

まだお姉ちゃんが咲かせた花の処理はしていない。

それに僕の隣の部屋であんな事があったと思うと、怖くなる。

休むなんて出来ない。

男性の言う通りだった。

しかし知らない人の家に上がって良いものなのか。

お父さんの知人とは言え、僕は全く知らない。

それにさっき聞こえたお父さんの怒鳴り声からしてそこまで親密な関係じゃなさそうだ。

だけど家には帰りたく無い。

僕は迷っていると。

掴まれた腕を離された。



「私の家に行きづらいならホテルでも取ろう。君1人の空間だ。家とは違ってそこでなら1人でもいれそうだが……どうだい?」



僕は話さずに頷いた。

すると男性はスマホを取り出してどこかへ電話をかける。  



「……私だ。ホテルの予約をしてほしい。…ああ今日泊まる。いつものホテルで構わない。それに相手は私のお客様だ。なるべく良い部屋を取ってくれ。頼んだぞ」



男性はそう言うと一方的に電話を切る。そんな男性に慌てて僕は話した。



「ふ、普通の部屋でいいです」

「遠慮はしないでくれ。さっきも言った通り、君は大事な人だ。相応のもてなしはさせてほしい。さぁ、行こう」



僕の背中を叩いて男性は歩き出す。

僕は一瞬後ろを向いたらそのまま男性の背中を追った。