【完結】君は僕のストーリーテラー

「……」

「……」

「楽しい?」

「楽しくは無い」

「泳げば良いじゃん。海の家もあるんだから行って来たら?」

「いい。見てる」



楽しく無いのになんで見てるんだろう。

私は少し涼の視線が強くてやりにくいなと思ってしまう。

けれども涼は立ち上がって海に行くことなく隣で座っていた。

このままだと私だけの為にここに来た感じになってしまう。

せっかく涼が青春謳歌したいって言ってわざわざ来たのに、自分がしたい事をしないで私の隣にいる。

そんなに絵に興味あったっけと頭の片隅で考えながら鉛筆を動かしていた。



「これってコンテスト用?」

「ううん」

「じゃあ何で描くんだよ」

「渡したい人がいるの」

「…緊張してたのはそのせい?」

「気合い入れすぎちゃった」



ある程度のレイアウトは決まったので私は鉛筆を置いて絵の具をパレットに出す。

海の色を再現したいので遠くを見ながら私は青色を混ぜていった。

パレットの上に筆で線を引きながら確認していく。

薄い色はこのくらいで十分だろう。

私は1番薄い場所から描き始めた。



「あのさ」

「んー?」

「桜って青春してんの?」

「何でよ。今青春してる途中じゃん」

「まぁ青春は友達の為のものでも出来るけどさ。自分の為の青春だよ。桜、してないんじゃないかなって」

「私は涼みたいに青春、青春ってこだわらないから」

「あっそ。…俺何か食べ物買ってくる」

「はーい」



やっと立ち上がって私の隣から離れた涼。

私は涼の姿を見ずに返事だけして送った。

ずっと画用紙から目を離さない。

薄い色を奥になるにつれて濃くしていく。

境目の微調整が難しい。それでも塗り続けた。

海なのだから水の部分に力を入れたい。

神経を尖らせながらゆっくりと細かく作業していた。




大まかなところまで進んだら私は一旦画用紙などをシートの上に置く。

ずっと描いていると肩が痛くなるし、なにせ体育座りなものだから腰がズキズキする。

まるで老人のような立ち上がり方で私は背中と腕を伸ばした。



「んんー」

「お疲れ」



腰に手を当てながら軽く反ってストレッチをして居ると両手に袋を持って帰ってくる涼。

結構買ったなと思いながら私はシートに座った。



「何買って来たの?」

「大盛り焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、ジュース」

「そんな食べれるのかい…」

「桜にも手伝ってもらうし」

「え?涼が買ったんだからいいよ。食べな」

「こんなん食べきれねぇよ。桜と食べるから色々買って来たんだし」

「ならお金出す」

「要らない」

「ダメ」



前はクレープだったし、私もジュースを買ったから丸く収まったが今は違う。

海の家は食べ物の値段が普通よりも高い。

そう考えると甘えることなんて出来なかった。

私はバッグの中から財布を出そうと手を伸ばすと涼に掴まれる。



「要らないって」

「私がダメなの」

「ひとまず食べよう。冷めると美味しくなくなる」

「でも…」



私の手を離すと涼は焼きそばが入っているパックの蓋を外して、割り箸を渡してくる。

私は渋々受け取ってたこ焼きとイカ焼きの蓋を外した。



「「いただきます」」



イカ焼きを1つ食べると濃厚な味が口に広がり鼻を通る。

なんで屋台のものってこんなに美味しいのだろう。



「美味しい」

「だろ?焼きそばも美味いから、ほら」

「ありがとう」



涼の言う通り焼きそばも香ばしくて美味しかった。

やはり出来立てを食べた方がいいな。

お金問題は後にして私達は目の前にある食べ物達を片付けた。
普通の速度で食べる私に対して、ガツガツと食べる涼。

もっとゆっくり食べれば良いのにと現在、熱々のたこ焼きを頬張り苦しんでいる涼を見て思った。



「あっち〜」

「ジュース飲みなよ」 

「これは後でかき氷だな」

「まだ食べるの!?」

「かき氷なんて水と同じだろ」

「そうかもしれないけどさ…」



やっぱり高校2年生の男子はみんなこんな感じなのだろうか。

異常なまでの食欲に若干引きつつある。



「最後食べろよ」

「涼が食べて。私イカ焼き食べる」

「はいよ」



たこ焼きを差し出してくれたが私は地獄のように熱いたこ焼きを食べれる自信がなかった。

丁重に断って返す。

その代わりこのイカ焼きを食べる。

最後に取っておいたゲソの部分。

涼に食べられるかなと思ったけど、ちゃんと残っていた。

私は端に残ったタレを満遍なくつけて口にすると頬が落ちそうなくらいの幸福感が来る。

人間は濃厚タレをたっぷり付けたゲソを食べるだけで幸せと感じるらしい。今、私がその状態だった。



「ご馳走様。それじゃあお金を…」

「要らないって言っただろ」

「だからさぁ…」



また口喧嘩態勢に入るが、涼は自分が持っていたたこ焼きを箸で持つと私に近づけてくる。



「な、何」

「これを1口で食べたら金もらうよ」

「はぁ!?」



ニヤニヤと私を見ながらたこ焼きを口の前まで持ってくる涼。

こいつ、やる事が小学生だろ…。

別に食べさせてもらうのが恥ずかしいわけじゃない。

相手は涼だから。それでも私は躊躇する。

だってまだ湯気が立っているたこ焼きを1口で頬張るなんて、さっきの涼みたいに苦しむだろう。

最悪の場合口の中火傷する。

しかし今、私の対抗心に火がついてしまった。

ここで食べれば申し訳なさを消す事が出来るし、お金問題は円満に解決だ。

私は覚悟して目の前にあるたこ焼きにかぶりついた。



「あ、あれ?」



私の口は空振りする。

たこ焼きが前から逃げて行ったのだ。

涼の手によって。



「ちょっとどういうこと…」

「流石に地獄だろ。…ほい」



涼は半分に割ったたこ焼きをふーふーして私に向ける。

私は小さくなったものを口に入れてもらうと多少の熱さと膨大な美味しさが広がった。



「半分は俺な」

「…うん」



口をモグモグさせながら私は頷く。

噛んでいて気付いたが、私の方にタコを入れてくれたらしい。

と言うことは今涼が口にしたのはただの焼き。

また私は眉を下げた。



「なんかごめん」

「何がだよ」

「色々としてもらっているし…」

「別にいいよ」

「さっきだって普通なら女性の役目じゃない?」

「ん?何が」

「冷まして食べさせてあげるの」



唇を尖らせていかにも拗ねてます感を出してしまう。

実際は拗ねているのだから間違ってはいないけどなんだか子供っぽいと思われてしまいそうだ。

そんな私を見て涼はクスクスと笑い始めた。



「そんな笑う?」

「ごめん。面白くって」

「何でよ」

「可愛いなって」

「…え?」



初めて涼が私に対して言った言葉に思考と体が停止する。

そんな姿も面白かったのか涼は笑い続けていた。

でも私は笑える状況じゃない。

全てが停止してしまったのだから。

すると涼は持っていた箸とたこ焼きが入っていたパックを置いて、私を見つめた。



「今度は桜がしてよ」

「あ、あの…」

「別に食べさせるのは男でも女でもどっちでも良いじゃん。でもさ、桜がしてくれるのであれば俺は喜んで食べるよ」
涼は柔らかい表情でそう言う。

意図がちゃんとわからない。

私はやっと動けるようになった口で小さな声で涼に尋ねた。



「それってどういう意味で…」



小さくても届いた私の言葉に涼は真剣な顔付きになる。

この状況、その表情。

やっと今、先を予想出来た。



「好きだよ。中学の時から」



声は優しいのに、目つきは力強い。

私は涼から目が離せなかった。

涼ってこんなに大人っぽいっけ?

それとも私が子供なだけ?

頭では何とも思ってません感を出しているけど、顔には熱が集まってどうにかなりそうだった。



「桜…」



涼が私の名前を言った瞬間、海風によって熱が冷える。

それと同時に描いていた海の絵が少し先に飛ばされた。



「あっ!」



私はシートから立ち上がり絵を追いかける。

ちょうど堤防の壁に止められたので見失う事なく、絵を見つけられた。

破かないよう丁寧に持ち上げて砂を払う。

特に汚れることも無く、ただ飛ばされただけで終わってくれた。

私はホッとして胸を撫で下ろす。

けれども話の途中だということを思い出すと私は涼の所まで駆け寄った。



「ご、ごめん」

「平気。少し重しでもしとけば?」

「うん…」



絵の具を2個取って画用紙の上に置いてまた涼の顔を見る。

大事な話をしているのに逃げるように離れてしまった私の行動に怒ることなく穏やかな表情をしていた。

私は少し俯いて涼の顔から目を逸らす。

それでも涼の視線を感じるので私をずっと見てくれているのだろう。

どうしたら良いのかわからない。

告白されるなんて初めての事だ。そして相手は涼。

何を言えばいい?黙ることしか選択肢が無かった。



「なんか吹っ切れたわ」

「え…?」

「1回言えばもう何回でも言える。俺は桜が好き」



爽やかな笑顔で笑って言う涼。

その笑顔はからかいや、悪巧みのような小学生の笑いではない。

ちゃんと本気で思っている大人の笑顔だと私はわかってしまった。

余計にどう行動を取ればいいのか迷う。

私は軽く唇を噛んだ。



「本当は急かすのは良くないってわかるけど…。桜はどう思ってる?俺のこと」



良い人だよ。

うるさい時もあるけど、その時は必ず私は笑っている。

数少ない私の本音を言えて何も気にしないで軽口叩ける相手だよ。

そう思っていた。いや、今もそう思っている。

でも何でだろう。

頭の中の霧が私の思考を鈍らせる。

本音はどう思っているのか見つからない。

さっきまでならきっと涼に本音を言えていたのに。

私は俯いていた顔を上げた。

涼の真っ直ぐな目が私の視線とぶつかる。

私は震え声で涼に答えた。



「ごめん…」

「…」

「私、帰る」

「えっ?さ、桜?」



急いで立ち上がりバックを持って砂浜を駆け抜ける。

途中で足がもつれそうになるけどとりあえず動かした。

砂がかかった階段を登って道路へ行くと、来た道を引き返すように走った。

運動なんてしないから息が上がるけど、私は逃げたかった。

後ろから涼が追ってくる気配はない。

それでも走った。

私の目には涙が浮かんでいて風と共に流れていく。

そして頭の中ではある人の顔が浮かんでいた。

その人が、私の考えを邪魔したのだ。

今どこを走っているかわからない。

今の時間、電車だって来るかも知らない。

けれど私は全てを振り払いたくて走った。
坂を駆け上がって駅に着いた私は奇跡的に1分後の電車に乗れて、奇跡的に家へ辿り着く事が出来た。

しかし私は大事な物を忘れている事に気付く。

途中半端の海の絵を持っていなかった。

財布やスマホが入っているバッグだけを持って無我夢中で走ってしまったので、家に着いて落ち着いたところで現実に目が行った。

その瞬間、やってしまったという思いで玄関に両手を着いてまるで土下座のような体勢になる。

青年に約束した「海を連れてくる」というのを嘘にしてしまう行動だ。

また描き直すために海へ行くか。

いや、また研究室に行く日々が始まるし課題もある。

1日1日が貴重だ。

青年に謝って約束を破るしか方法が見つからない。

私はまるで魂が入ってないような無気力さでゆっくり立ち上がり部屋に向かう。

ふらつく体はもう死人のようだった。



ーーーーーー



その日の夜。

私は昼寝と言うには長すぎる眠りから覚めると、スマホの通知音が鳴ったのが聞こえてベッドから降り、側に置いてあったバッグを漁る。

昼間は部屋に戻った後、すぐにベッドへ横になってしまったので片付けもしていない。

それに服もワンピースのままだった。

皺になってしまうかななんてぼんやりとする頭の中で考える。

私はスマホの画面を開くと通知欄に2件のメッセージがあった。



【今日はごめん。無事帰れた?絵を描くやつ忘れて行ったから今度届ける。都合の良い日教えて】



【明日、来る予定だった会話の件は無しでお願いしてもいい?ちょっとこっちでトラブルがあったの。もしかしたら次来るのも無しになるかもしれない。詳しい事がわかったらすぐに連絡するね】



上から涼、才田さんの連絡だった。

私は先に涼のメッセージを開く。

でもメッセージの送信欄を開いても何を伝えればいいか浮かばない。

私は涼が送ってきた文章に既読だけを付けて才田さんとのトーク欄へ移動した。



【わかりました。連絡待ってます】



涼の時とは違い、すぐに言葉が出て送信する。

才田さんのメッセージに私はなんだか胸のつっかかりが取れた気がした。

トラブルがどんなものかは想像出来ないけど、青年に会わないで済むなら私は何だっていい。

会えない時間で解決策を考えられる。

明日と次の予定が無くなったら約1週間は会わない。

前なら会話内容を考えるだけで楽しかったけど、今の私は青年に関する事を考えるだけでモヤモヤしてしまっている。

約束は破るわ、何も悪くない青年に会いたくないと思うわで最低だなと私はため息をついた。

するとまた通知音が鳴る。

才田さんからだ。現在時刻は7時。

お仕事は終わったのだろうか。返信が速い。



【ありがとう。社長もきっと今日は帰って来れないと思うからちゃんと家の鍵閉めておくんだよ?】



才田さんの言葉に私は少し表情がほぐれる。

お姉ちゃんと言うよりもお母さんみたいだなと思ってしまった。

私はすかさず返信する。

やはりスムーズに文章を打てた。



【はい。ちゃんと閉めておきます。トラブルって結構深刻なんですか?】

【まぁね…。でも桜ちゃんは気にしなくて大丈夫。ここは大人が何とかするから】

【わかりました。才田さん、無理しないでくださいね】

【ありがとう!それじゃあ妹の鼓舞も貰ったことだし、仕事に戻るね!】



仕事は終わってなかったみたいだ。

たまたま休憩時間だったのかもしれない。

でもトラブルは深刻だと言っている。

青年に何かあったのだろうか。

少し心配が出てくるけど私は首を振って払った。

今は自分の心配をした方がいい。

私だって深刻な状況なのだから。

それでも青年の顔が隙あらばと私の頭に浮かんでくる。



「……とりあえず玄関閉めとこ」



私はまた死人のように立ち上がると玄関に向かって静かに歩いて行った。
突然の目眩と頭痛に襲われる。

空間が揺らぎ、僕を頭から壊そうとされて世界の、いや僕の終わりだと思った。

苦しんで助けを求めたくても口から出るのは言葉ではなく悲鳴のような声。

段々と自分が何を考えているのかもわからなくなった。

床に転がり手足を激しく動かしながら僕はもがき叫ぶ。こんなに騒いでも誰も助けには来てくれない。

ずっと1人で苦しむのだろう。

確信に近い予想は僕が余計に叫ぶ材料となった。



「ああ!あああ、あーー!」



苦しい。

今までこんな事なかった。それなのに急にだ。

長い間時間苦しみと闘うのならいっそ死んでしまいたい。

誰か僕を殺してくれないか?

そんな事願ったって誰も助けに来てくれない。

今は何時だ?今は何日だ?点滴は変えに来ないのか?

桜ちゃんは話に来ないのか?居るんだろ?

この部屋の外に誰か居るんだろ…?

何で誰も来てくれないんだよ。



「うぁ、、ああ…、ううう」



もう無理だ。

助けが来ないのなら自分から行くしかない。

僕は床に這いつくばりながらどっちの方向を歩いているかもわからずに進み出す。

涙が僕の通った道を濡らしていた。

繋がっている点滴の管が邪魔くさい。

でもこれを取ったらもっと辛くなってしまうと思えば気軽に取れなかった。

点滴も、体も引きずりながら僕は進む。



『残念ながらいない』



『海を連れてきます』



最近聞いた言葉が頭の中で回る。

なんで思い出したんだろう。

僕は自分に鞭を打つように動きながら考える。

冷たい言葉と暖かい言葉。

呼吸が荒くなって余計に涙が溢れ出る。



『これ、今日描いた絵です。貰ってください』



そういえば桜ちゃんって白衣の人達よりも後に出会ったんだよね。

今の状態では全く関係ない話。

それでも僕の脳は桜ちゃんの言葉と顔を映し出す。

でも浮かぶ種類が増えると比例して頭痛が僕を本気で壊そうとしてくる。

目の前が霞み始めても震える腕と足を使って助けを求めに行く。



『私は、海辺…』



しかし痛みを増す頭痛には勝てずに僕はうつ伏せで倒れ込む。

扉の方向はこっちで合っているのか。

もし反対方向に向かっていたらどうしよう。

僕はもう一度立ち上がって動かす体力も気力も尽きていた。



「死ぬ………?」



誰かに放った言葉じゃない。

自分自身に問いかける。

僕の体なのだからわかるはずだろう。

生きれるか、死ぬかなんて。

でも返事は返って来なかった。

その代わり、瞼が落ちてくる。



「は、はは」



もしかしたら解放されるのかも。

逆にそう思えて嬉しくなる。

でも僕が解放されたら困る人が居るのかな?

白衣の人達は死んだら泣いてくれるかな?



「いっ!」



馬鹿な考えはやめろと言わんばかりに先程より強烈な頭痛が襲ってくる。

僕の瞼は完全に閉じようとしていた。

次、目が覚める時はすぐに来るのだろうか。

ひとまず今は全部自分に委ねて寝よう。

でも、でも最後に、、頭の中で白くモヤがかかっている人の顔を見させて……。
………夢を見たんだ。

4人家族の幸せな家庭の夢。

僕もその中の1人だった。

自身の料理店を営む両親と3個歳が離れている姉。

そして僕。




小さい頃から控えめであまり自分の意見を言わないタイプだった。

でもそんな僕を見かねてお姉ちゃんが代わりに言ってくれる。

男勝りな性格だった所もあってか、逆に男の僕が女々しくなってしまっていた。

でもそんな僕を否定する事なく両親は笑って受け入れてくれて、お姉ちゃんも「何かあったら助けるから」と言って背中を叩いてくれる。

学校の同級生からはからかわれたり、馬鹿にされたりしていたけど、守ってくれる両親と姉がいるから僕は耐えられたんだ。

ある日、両親が僕の誕生日にとびきりのご馳走を作ってくれるらしく朝から仕込みの準備をしていた。

僕はその様子をずっと見ていたかったけど、楽しみが半減するとのことで厨房を追い出される。

それじゃあ夕食まで何をしていようか。

僕は臨時休業日の料理店のホールで考えていた。



「ーー!これから私と一緒に出かけない?何か誕プレ買ってあげる」

「いいの?行く」



店の裏口から入ってきた姉が僕の所へ来るとそう誘ってくれた。

僕は嬉しくなってすぐに部屋に戻って準備をする。

高校1年生の姉とはしばらく一緒に買い物へ行けてなかったからとてもワクワクした。

少量の荷物を持ってまた家の隣にある料理店に顔を出すと、待ってくれている姉の後ろ姿が見える。

僕が声をかけると優しい笑顔で振り向いた。



「行こっか」

「うん」

「お母さん行ってくるね〜」

「遅くならないでよ?」

「はーい」



時刻は午後の13時。

夕食のために軽くした昼ごはんを食べ終えて20分くらい経った頃だ。

僕と姉は裏口から出て行って近くにあるショッピングモールへと歩いて行った。



「久しぶりだね。ーーと出かけるのは」

「僕も部活あるし、お姉ちゃんも塾があるからね」

「一応聞くけどさ。私と2人で良いの?」

「なんで?」

「だって中学生男子って反抗期入るし、姉と一緒に居るのは嫌かなって思って」

「そんなことない!例え反抗期になっても反抗するのはお母さんとお父さんだけだと思うよ」

「私が入ってないのは嬉しいけど、2人が泣くわ」



僕はお姉ちゃんの隣に立っていて何も嫌な思いなんてしない。

恥ずかしさなんてもっと無い。

むしろ嬉しさで溢れている。

きっとクラスの奴らはこんな僕をシスコンとかって言ってクスクス笑われるんだろうな。

でも大丈夫。

その時はきっとお姉ちゃんが守ってくれるから。

僕は隣を歩くお姉ちゃんを見て微笑むと、それを見たお姉ちゃんも微笑み返してくれた。



「誕プレ何が欲しいの?」

「なんだろう…」

「高いのはダメだよ?」

「わかってるよ。……んー」

「まぁ好みが無かったら後日でも良いよ。私は夕食までの時間潰しも兼ねて誘ったからね」

「うん、わかった」

「今日のご飯なんだろうね〜?期待しててなんてお母さん達言うから、期待値が余計に上がっちゃうよ」

「僕、さっき厨房みたら大きなお肉があったよ」

「あー、見たんだ。ずるいなぁ」

「だって待ちきれなかったんだもん」

「その気持ちはわかる」



お姉ちゃんはそう言って口角を上げた。

僕はさっきチラッと厨房で見たお肉を思い出す。

塊肉と言うのだろうか。

大きいお肉がドン!と皿の上に乗っていた。

きっと美味しいんだろうなと味を想像すると、僕も自然と口角が上がってしまった。
お姉ちゃんと話しながらショッピングモールへ着くと早速僕の誕生日プレゼント探しが始まる。

洋服、文房具、スポーツ用品店などを探し回ったけどこれと言ってピンと来るものはなかった。

それでもお姉ちゃんは僕に付き合ってくれる。

暇つぶしというのもあるかもしれないけど、嫌な顔せずに付き合ってくれるのは嬉しかった。

僕はその時間を噛み締めながら過ごす。

別にわざと買っていないわけじゃない。

それでもお姉ちゃんと一緒に買い物を出来るという時間が長くあって欲しかった。

次の日からはまた僕は部活が始まるし、お姉ちゃんも学校がある。

時間を合わせられるチャンスはしばらく巡って来ないだろう。

いつになるかわからない『次』。

だから僕は今の時間をゆっくり大事にしたい。

中学生ながらキザな事を思っていた。



「どうしようね」

「最後に書店行って無かったから今回はいいよ」

「そう?まぁネットショッピングもあるから、納得いくものにしな」

「うん」



お姉ちゃんは僕を連れて書店まで行く。

入り口に掲載されているおすすめ本を見たけど、特に欲しいとは思わなかった。

僕達は奥に行って漫画、小説を見ていく。



「んー」



優柔不断だな。

1発でこれがいいと決めれればお姉ちゃんも安心するはずなのに。

それでも僕は本達と睨めっこして向き合っていた。

ふと、後ろを振り返るとお姉ちゃんが居ない。

他のコーナーを見ているのかなと思い僕はキョロキョロと頭を動かす。

1人が怖いわけじゃ無い。

ただ気になるだけだ。

すると身長が高いお姉ちゃんの頭が見えると、僕はそっちに向かって歩き出す。



「お姉ちゃん」

「ん?見つかった?」

「ううん。何見てるの?」

「これ」



お姉ちゃんの元に辿り着いた僕は読んでいた本の表紙を見せてもらう。

それは花の図鑑だった。

図鑑と言っても分厚いものではなく、季節の花のまとめた物。

僕はお姉ちゃんが持っていた本を手に取ってジッと見つめる。



「これがいい」

「え?別に気を遣わなくていいよ?もう少し他のを見てみたら?」

「いや、これが欲しい」

「わかった…。それじゃあ貸して。お会計してくる」

「ありがとう」



お姉ちゃんに本を渡すとそのままレジへと向かった。

花なんてそこまで興味はない。

でも表紙を見た瞬間にビビッと来てしまった。

僕はお姉ちゃんが会計する後ろ姿を見る。

次はお姉ちゃんの誕生日に僕が何か買ってあげたい。

僕がそう思っているとお姉ちゃんはレジから戻ってきて、ラッピングした袋を僕に向けて



「誕生日おめでとう」



と言ってくれた。

僕の嬉しさは最高潮に達して笑顔になる。



「ありがとう、お姉ちゃん」



わざわざラッピングまでしてくれたんだ。

勿体なくて開けられないよ。

でも開けないと逆に悲しむよね。

僕は大事に手渡しされた袋を持つとお姉ちゃんは嬉しそうに笑う。



「そろそろ帰ろっか」

「うん。誕生日プレゼントも貰えたし」

「ふふっ、喜んでもらえてよかった」



お姉ちゃんは僕の隣に並んでまた歩き出す。

するとお姉ちゃんが軽く咳をした。



「お姉ちゃん?風邪?」

「うーん、わからない。でも熱とか無いし…」 

「薬、家にあるかな?」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。本当に心配性だなぁ〜」



僕の頭をくしゃくしゃ撫でながら何ともなさそうな顔でお姉ちゃんは言った。

僕は少し眉を下げながらも、意外と元気そうなお姉ちゃんの顔を見たら安心する。



「そういえばさ、何でこの本にしたの?」

「表紙の花が凄く綺麗だったからかな」

「その花の名前知ってる?」 

「わからない」

「わからないんかい。コスモスだよ。ちょうどこの季節にも咲いてるんじゃないかな」

「何で知ってるの?」

「だって通学路に沢山咲いてるから。なんか隣のおばちゃんが咲きすぎて困ってるって言ってた事あったよ」

「そうなんだ」

「その時ーーも居たけど」

「え?いつ?」

「私が中2くらいの時」 

「結構前じゃん」



僕は頭の中で思い出そうと記憶の引き出しを探るけど、そんな覚えがない。

僕がずっと考え込んでいる姿が真剣そのものらしくお姉ちゃんはずっと笑いを堪えていた。
「「ただいま」」



ショッピングモールから帰ってくると僕とお姉ちゃんはすぐに店の方にいるお母さんとお父さんに顔を出す。

なるべく厨房を見ないようにして、お母さん達に話しかける。



「お姉ちゃんに本買ってもらった」

「よかったね。それじゃあ後はお母さん達からのプレゼントを待ってて」

「うん!」

「少し今日は早めに食べるぞ。ケーキもあるからな」 

「わかった。それじゃあ私はーーと家に居るね」

「出来上がったら呼ぶから」

「「はーい」」



お母さん達と離れた僕とお姉ちゃんは隣にある家の中に入る。



「厨房いい匂いだったね」

「本当に楽しみ!まぁメインはーーなんだけどさ」



食材などを見ないようにお母さん達の元へ行ったが、鼻に通り抜けるいい匂いは隠せなかった。

まだ僕の鼻には濃厚なソースの匂いが纏わりついている。

ずっと嗅げる匂いだ。

出発した時にお姉ちゃんも言っていたけど、期待値と言うものが時間に経つに連れて上がっていく。

楽しみで仕方ない。

毎日が誕生日で良いのになと思ってしまった。



「それじゃあ私は部屋に居るね」

「わかった。僕はリビングでゲームやってる」

「りょーかい」



お姉ちゃんは僕に手を振るとそのまま階段を上がり、2階にある自分の部屋へ戻っていく。

僕はリビングに入り持っていたバッグをソファに投げ捨てすぐさまラッピングに入っている本を取り出すと、丁寧にリボンを解いて、中の本が破れないように扱う。

上に引っ張ると表紙一面を埋め尽くすコスモスが現れた。



「綺麗…」



僕は本をラッピングから全て出して自分の太ももの上に置く。

お姉ちゃんが言った通り、この花はコスモスらしい。

一輪の花ではなく、何輪もの花達が身を寄せ合うようにして映っていた。

思わず僕は指を伸ばして写真のコスモスに触れる。

花弁をなぞるように指を動かすと、まるで自分がコスモスを生み出しているかのような気分になれた。

ページ内でコスモスはあるかなと、表紙を広げて捲り出す。

すると目次の次のページにコスモスの写真が何枚も載っていた。

撮る向きや、日差しの角度が違う写真の数々。

その下には手書きのコスモスの絵が描かれていた。

そこまで本物に近い絵ではないけど、パッと見てコスモスとわかる。

意外と簡単に描けるのだなと思い、僕は近くにあったチラシとペンをテーブルの上に置いた。



「花びらは、8枚」



ポイント3倍!と書いてあるチラシの裏に僕はコスモスの絵を描き始める。

8枚って意外と多いんだな。

僕はゆっくり丁寧に、写真と絵を見ながら描いた。

そして小さく細い葉っぱのようなものを描いて完成。

我ながら上手くいったのではないだろうか。

でも流石に1輪のコスモスだけでは寂しいしつまらない。

この絵も写真も沢山のコスモスで彩られている。

僕は続けて、2輪、3輪と描いていった。
「出来た…!」



絵を描かない初心者には5輪が限界。

それでも最初よりは上手く描けているし、何よりコスモスだとわかる。

ゲームをやる予定をそっちのけで描いていたがとても楽しかった。

お姉ちゃんに見てもらおうと思って、チラシと本を持ってリビングから出る。

リズミカルに階段を登るとお姉ちゃんの部屋に直行した。

部屋をノックしてお姉ちゃんの返事を待つ。

すぐに返事が返ってきて僕は扉を開けた。



「お姉ちゃん、見て」

「ん?何……」

「お姉ちゃん!?」



ベッドの横に座っていたお姉ちゃんが立ち上がった瞬間、ふらついて斜め前に倒れる。

間一髪、顔が床に当たるのは避けられたけど、僕は一瞬でパニックになってしまった。



「お姉ちゃん!大丈夫!?」

「あ……」



苦しそうな表情で僕の服を掴んで耐え始めるお姉ちゃん。

すると次の瞬間、お姉ちゃんの口から赤い花弁が散った。

その花弁は僕の手に付いて生暖かく滴る。

何も考えられなくなってしまった。

次々と花弁は散っていく。

僕が書いたコスモスは真っ赤になって見えなくなってしまう。

僕はその光景にハッとして涙を流したながらお母さんとお父さんを呼んだ。



「お母さん!!!お父さん!!!」

「うぁ、、ゲホッ」

「誰か!!誰か!!」



声変わりで低くなりつつある喉が痛くなっても僕は声を出し続けた。

いつも守ってくれるお姉ちゃんが死んでしまうと思った。

そしたれ僕を1番近くで守ってくれる人がいなくなってしまう。

怖い。

僕は腕の中で横たわっているお姉ちゃんに声をかけながら抱きしめる。

また服を掴む力が弱まった気がした。