「残念ながらいない」



静かな空間が余計に静粛に包まれる。

僕は唾液を飲み込んだ。絶望はしない。驚きもしない。

けれども僕自身の時が全て止まってしまったかのように動かなかった。



「おまけに言葉を1つ足そう。ここの研究員を除けば君は1人だ。…君の時間は終了した。私達は失礼するよ」



男は扉の方へ向くと、一度も僕を振り返る事なく出て行った。

女もその1歩後ろを歩いて何事もなかったかのように扉をくぐる。

僕はまた1人になった。

…また?またではない。ずっと1人だったんだ。

あの人の言葉通りなら。

僕は後退りした時に散乱してしまった紙をゆっくりと自分の周りへ戻す。

桜ちゃんが描いてくれた花、動物、名前。

それを1枚ずつ手に取ってなぞり書きする。



「花…」



この花にも周りには仲間がいる。

例え種類が違くたって綺麗に咲いて。



「猫…犬…」



この2匹にも家族がいる。

種族を越えた繋がりだって生まれるはずだ。



それなら僕は?



仲間も家族も居ない。

待ってくれる人が居ないというのはそういう事だろう。

それじゃあ何処から来た?何処で僕は授かった?

その前にこの体は人間なのだろうか。

なんだろう…。

急に僕の奥底から湧き上がってくる気持ち悪さと息苦しさ。

すると頬に生暖かいものが流れる。

それは顎を伝って首まで流れた。

でも僕の手はそれに触れる事なくなぞり続ける。



久しぶりに流した涙だった。