犬の絵が完成した頃、何かを叩く音がした。
僕と桜ちゃんは音の方向を見る。
白衣を着た人がこの部屋を見れる窓を叩いていた。
桜ちゃんは僕を見ると残念そうな顔をする。
もうここを出る時間なのか。
僕も釣られて眉を下げた。
「また来ますね」
「うん…」
また1人になる。
慣れていたはずなのに寂しい。
時間が止まって桜ちゃんがずっと僕の隣で絵を描いてくれたらいいのに。
そうすれば楽しいという感情が湧き出て溢れるのに。
それを邪魔するのがあの人達だ。
僕は随分と昔に捨てられたはずの感情が次々と出てくる。
楽しさ、寂しさ、怒り。
そして今はそれに対する戸惑いがあった。
しかしそれを消すように隣でビリビリと音がする。
何だろうと、桜ちゃんを見るとメモ帳の紙を破っていた。
「これ、今日描いた絵です。貰ってください」
「いいの?」
「勿論!また描きますから!記念ということで」
差し出される5枚の紙を僕は受け取った。
4枚の絵と、1枚は桜ちゃんの名前の漢字。
「プレゼントです。それじゃあ私は行きますね。待たせると怒られちゃうから」
立ち上がった桜ちゃんは僕に手を振りながら扉の奥へと消えていった。
振り返すことは出来なかった僕は、手元にある紙を見る。
プレゼント。
心臓がドキドキとした。
何回も見直して、何回も思い出す。
その度に胸が熱くななる。
口角が上がった気がした。
「海辺、桜、ちゃん…」
大きく漢字で書かれた紙を指でなぞりながら呟く。
改めて綺麗な名前だなと思った。
人の気配が完全に消えた空間。
桜ちゃんの香りも鼻の記憶でしか残ってない。
僕は絵を床に広げて1枚1枚確かめるように線をなぞる。
指で伝いながら触れると、自分で描いている気分になれた。
猫の耳をなぞり、尻尾まで指を動かす。
全部をなぞると猫の完成だ。
これが満足感なのだろうか。
何かが満たされる。
次は花の絵を前に持ってきて人差し指を紙に押し付けた。
「点滴を変えます」
急な声に僕の肩がビクッと跳ね上がる。
振り返るとメガネを付けた白衣の人が立っていた。
花びらをなぞるのに夢中で、扉を動かす重い音さえ耳には届かないかったようだ。
僕はまた絵に視線を戻そうとするが、また白衣の人に目を向ける。
「あ、の…」
「……ん?」
初めて喋りかけられて目を丸くする白衣の人。
僕も緊張する。
桜ちゃんの時よりも途切れる言葉。
それでも自分の気持ちを伝えるように口を動かした。
「本、が、欲しいです…」
「本?」
「動物の、本…」
「……わかった。確認してみる」
「はい…」
点滴を変えながら頷いた白衣の人はそう言うと、空になった袋を持ってここから出て行く。
僕は脱力してしまい寝転がった。
仰向けに寝ると真っ白な天井が見える。
ちゃんと見ていなかったけど、この天井は本当に何もないのだなと思った。
傷も、線も、汚れもない。
1枚の板が全面に貼り付けられている。
僕はそんな天井を見ながら桜ちゃんの顔を思い浮かべる。
次は何を描いてもらおうか。
そう考える僕の周りには5枚の絵が散らばっていた。
僕と桜ちゃんは音の方向を見る。
白衣を着た人がこの部屋を見れる窓を叩いていた。
桜ちゃんは僕を見ると残念そうな顔をする。
もうここを出る時間なのか。
僕も釣られて眉を下げた。
「また来ますね」
「うん…」
また1人になる。
慣れていたはずなのに寂しい。
時間が止まって桜ちゃんがずっと僕の隣で絵を描いてくれたらいいのに。
そうすれば楽しいという感情が湧き出て溢れるのに。
それを邪魔するのがあの人達だ。
僕は随分と昔に捨てられたはずの感情が次々と出てくる。
楽しさ、寂しさ、怒り。
そして今はそれに対する戸惑いがあった。
しかしそれを消すように隣でビリビリと音がする。
何だろうと、桜ちゃんを見るとメモ帳の紙を破っていた。
「これ、今日描いた絵です。貰ってください」
「いいの?」
「勿論!また描きますから!記念ということで」
差し出される5枚の紙を僕は受け取った。
4枚の絵と、1枚は桜ちゃんの名前の漢字。
「プレゼントです。それじゃあ私は行きますね。待たせると怒られちゃうから」
立ち上がった桜ちゃんは僕に手を振りながら扉の奥へと消えていった。
振り返すことは出来なかった僕は、手元にある紙を見る。
プレゼント。
心臓がドキドキとした。
何回も見直して、何回も思い出す。
その度に胸が熱くななる。
口角が上がった気がした。
「海辺、桜、ちゃん…」
大きく漢字で書かれた紙を指でなぞりながら呟く。
改めて綺麗な名前だなと思った。
人の気配が完全に消えた空間。
桜ちゃんの香りも鼻の記憶でしか残ってない。
僕は絵を床に広げて1枚1枚確かめるように線をなぞる。
指で伝いながら触れると、自分で描いている気分になれた。
猫の耳をなぞり、尻尾まで指を動かす。
全部をなぞると猫の完成だ。
これが満足感なのだろうか。
何かが満たされる。
次は花の絵を前に持ってきて人差し指を紙に押し付けた。
「点滴を変えます」
急な声に僕の肩がビクッと跳ね上がる。
振り返るとメガネを付けた白衣の人が立っていた。
花びらをなぞるのに夢中で、扉を動かす重い音さえ耳には届かないかったようだ。
僕はまた絵に視線を戻そうとするが、また白衣の人に目を向ける。
「あ、の…」
「……ん?」
初めて喋りかけられて目を丸くする白衣の人。
僕も緊張する。
桜ちゃんの時よりも途切れる言葉。
それでも自分の気持ちを伝えるように口を動かした。
「本、が、欲しいです…」
「本?」
「動物の、本…」
「……わかった。確認してみる」
「はい…」
点滴を変えながら頷いた白衣の人はそう言うと、空になった袋を持ってここから出て行く。
僕は脱力してしまい寝転がった。
仰向けに寝ると真っ白な天井が見える。
ちゃんと見ていなかったけど、この天井は本当に何もないのだなと思った。
傷も、線も、汚れもない。
1枚の板が全面に貼り付けられている。
僕はそんな天井を見ながら桜ちゃんの顔を思い浮かべる。
次は何を描いてもらおうか。
そう考える僕の周りには5枚の絵が散らばっていた。