母親から手紙を渡されたのは、美月と最後に会ってから、一ヶ月も経った頃だった。怒っているのかも知れないと思いながら、びくびくと手紙を開くと、前置きもなくプロローグと書いてあった。
 新しい、小説。
 美月は書くことを辞めたわけではなかった。
 僕は安堵して、便せん五枚に渡る、小説の冒頭を読み終わった。引き込まれる導入、魅力的な登場人物、美月の腕は全く衰えていなかった。
 ただ少し不思議に思った。書きかけの小説を見せるのは、いつもの美月にはないことだったから。
「美月、何か言ってた?」
「護も忙しいだろうから、しばらく来なくていいそうよ」
「それだけ?」
「えぇ。会いに行けないなら、護も手紙を書いたら? 私が美月お嬢様に渡してあげるわ」
 美月に会いに行かないことを、母親なりに気にしていたらしい。僕は便せんを丁寧にたたみ、封筒に戻してから言った。
「そうするよ」
 僕は言葉通り、美月に手紙を書いた。
 あえて小説のことには触れず、当たり障りのない日常のことだけ。間違いなく美月には届いていたはずだが、彼女の返信からは彼女の様子をうかがい知ることはできなかった。
 美月の手紙は、物語の続きだけだったから。
 僕が何を書き送っても、同じだった。体調や病状を尋ねても、返ってくるのはきっちり便せん五枚の小説。
 不安だったが、それを掻き消すほど壮大なストーリーだった。
 鬼気迫るような描写は間違いなく最高傑作で、僕はのんきにもただ続きを楽しみにしてしまっていた。小説を書けるぐらいなら、きっと美月は元気だと、自分に都合の良い解釈をして。
 小説のエピローグを読み終わったとき、やっとこれが最後なのだと気づいた。
 いや、違う。
 六枚目の便せんに、万年筆で書かれた言葉を見るまで、わからなかった。僕はそれほど鈍感で、馬鹿だった。