「私が修正するとなると、やり取りが煩雑になるだろ?」
「そんなこと気にする必要ないよ。僕も手伝うし」
 美月はゆっくりと首を横に振った。
 もう決めている。そういう目をしていた。
「駄目だよ。それじゃ美月の小説じゃなくなっちゃう」
「手を入れるということは、もう元の小説じゃない。世に出すということは、そういうことだ。送った時点で、もう私の手を離れてる」
「でも」
「誰にでも頼むわけじゃない。護だから、頼んでる」
 美月は落ち着いていて、でも有無を言わさない迫力があった。まるで旦那様の前にいるときのような緊張を強いられる。
「信頼、しすぎだよ」
「護以外にはできないことだ。私の小説の最高の読者なんだから」
「そう言ってくれるのは嬉しい、けど」
「けど?」
 何を言っても、駄目なのだろうなと思った。
 力不足だとか、荷が重いだとか、言い訳は幾つもあるけれど、美月がそれらを受け入れないことはわかっていた。
「……やってみるよ」
 美月は「ありがとう」と言って、優しく微笑んでみせた。

 そして美月が受賞し、僕が修正した小説は無事に出版された。
 僕はそれだけで十分だった。でもそれだけでは済まなかった。
 ちょっと考えればわかることだったのだ。僕があれだけ魅了された小説が、世界を魅了しないはずがない。
 美月の小説は発売後大増刷を重ね、ベストセラーになった。漫画化され、実写映画化が決まり、さらに発行部数が増え……。
 社会現象とまで言われていたけれど、幸い旦那様を始め、使用人たちは誰も気がつかなかった。良くも悪くも旦那様の教育のたまものなのだろう、本屋の文芸コーナーで足を止めるような者はいないのだ。
 テレビやラジオで話題に上っても、クローズアップされるのは小説の題名の方。興味がなければ、作者なんて気にも留めない。よしんば作者の名前に気づいても、同姓同名で済む話だ。
 部屋から一歩も出ない、美月の小説だなんて誰も思わない。
 最悪の状況は回避されたものの、ここまで売れると、次回作をという話にもなる。僕は正直困ってしまって、美月の部屋を訪れた。両手いっぱいの花束を持って。
「これは?」
 美月は戸惑いを隠せない様子で尋ねた。僕は苦笑いして、頭を掻いた。
「他に思いつかなくて」
「そんなに、売れた?」
「この花束があと千は買えるくらい」