手放しで絶賛するときより、美月は嬉しそうだった。自分とは違う視点を、彼女はいつも欲していた。
「主人公の恋人が、可愛そうだなって」
「お互いの傷を舐め合うだけが愛じゃない」
「それは、そうだけど」
 今回の小説は、三角関係を主軸にしたラブストーリーだった。愛し合いながらも、相手を思うあまりにすれ違う、切ない物語。
「打ち明けてくれれば、別の道もあったと思うよ」
「黙することが、主人公の優しさなんだ」
「わかるよ。でも僕なら、ちゃんと話して欲しいかなって」
 美月はふふっと笑った。
「護らしいな」
「そう?」
「優しくて、甘ちゃんだ」
「……馬鹿にしてる?」
「まさか。私は護の優しさに、ずっと救われてるのに」
 美月がこちらに手を伸ばしたので、僕は彼女の白く柔らかい手を握った。
 ひんやりとしたその感触が、美月の病気があまり良くないことを思わせる。彼女が何を言ってくれても、僕には彼女を救うことは出来ない。
「じゃあさ、どっちの意見が正しいか、判定してもらおうよ」
「誰に?」
 美月は眉根を寄せ、不安そうに言った。
 僕はいつだって、美月の小説の最初の読者だった。そして最後の読者でもある。
 僕だけが読者で、他の誰も読むことが出来ない。僕はずっとそれを残念に思っていた。今度のことは、良い機会だと思えた。
「編集者に」
「えぇ?」
 美月は笑ったが、僕は真剣だった。
「出版社に送ってみようよ」
「送ってどうする? 賞を取るとでも?」
 まだ美月は笑っている。きっと本気にしていないのだ。
「取らなくても、講評くらいはしてくれるかもしれない」
 僕が至って真面目なせいで、美月も笑うのをやめた。少し肩をすくめ、軽く首を振って言った。
「講評ね……、私の小説はそんな大層なものじゃないよ」
「批評されるのが怖いの?」
「まさか。わざわざ私の小説なんかに、どこかの誰かが時間を割いてくれるなんて、申し訳ないと思うだけさ」
「僕は美月の小説好きだよ」
 美月は拗ねたような表情で、ちょっぴり僕を責めた。
「今回のはそれほどなんだろ?」
「僕はね。でも他の誰かは違うかもしれない。だから読んでもらうんだ」
 ふぅとため息をつき、美月は黙って僕の顔を見つめた。
 僕が考え直すのを待っているのかも知れない。でも僕は美月の気持ちには気づかないふりをした。沈黙の中でただただ、彼女の答えを待つ。