「さて、皆さんにお配りした『アイギス・シリーズ』と名付けたその品ですが、名前の通りです。貴方を守ります」
気を取り直したように彼女は口を開いた。
「端的に言いますと、害意を持って近付いた者がいた場合、危害を加えるに使おうとした体の部位を壊死させます」
………………………。
先程とはうって変わって、講堂は静まり返った。強烈な言葉に、「壊死…?」と女子生徒達がうすら寒そうにストラップを見つめる。弟に「お姉ちゃん。お姉ちゃん。端的すぎ。もうちょい詳しく」と小声で言われ、彼女は「わかっている」の意味を込めて頷いた。
「ここから先は具体的な話も入りますので、気分が悪くなった方はすぐに仰って下さい」
彼女は慎重な口調で前置きした。
「例えば、通学にあたって電車等の公共交通機関をご利用の方が大半と思われます。そこでもし害意を持って皆さんに近付く者がいた場合、『アイギス・シリーズ』が害意を感知し、加害者にまず警告発作を起こします」
ゼミ生達も女子生徒達も「警告発作?」と首を傾げた。その疑問符を想定していたように、彼女は続ける。
「『警告発作』とは、『アイギス・シリーズ』に込めた霊術で加害者の心臓や肺を締め上げる事により、頭痛や息苦しさ、胸の痛みを与える事です。ここで加害をやめれば最悪でも『車内に急病人のお客様が』で済みます」
「えーとつまり、もし皆さんの周りでそういう症状が出る奴がいたら、そいつは加害者予備軍だって事です。助けなくていいですし、そもそも助ける価値無いですし、なんだったら駅員とか呼べばいいだけです」
彼女の説明に、瑤太が合いの手を入れた。
「与える苦痛を具体的に言いますと、嘔吐感を覚えるレベルの苦痛です。普通でしたらそこで加害をやめる、と言いたい所ですが、その手の不審者に『普通』は通用しません。もし苦痛を覚えても加害行為を継続しようとした場合は、加害に至る前に、例えば手を使った加害でしたら、その手が壊死します」
「いや…何もそこまでする事ないんじゃないですか…?」
ゼミ生のスペースに座る男子生徒が遠慮がちに訊いた。気分を害した様子も無く、彼女は返す。
「この手の犯罪は現代の日本では裁かれにくく、また裁かれたとしても再犯率が非常に高いです。法的に裁く事も再犯を止める事もできない以上、単純かつ決定的な手段として、身体を使い物にならなくする事が一番です」
「そもそも、いきなり身体を腐らせたりしないで『警告発作』っていう猶予を与えているだけ、姉は優しいです…」
これが、いつか瑤太が姉を評して言った『えげつなさ』の正体である。
「でも、間違って手がぶつかったりとかで誤作動とかしないですか?」
別の男子生徒が訊いた。彼女は「ごもっともな懸念です」と頷く。
「そのような事故が発生しない仕様にしております。つまり対象を『標的』と定め『意識』を向けない限りは、『アイギス・シリーズ』は発動しないんです。因みに、これは公共交通機関内の加害に限らず、わざとぶつかってきたりだとか、付き纏ってきたりだとかにも有効です。同じように警告発作が起こり、それを無視した場合は、ぶつけようとした肩だとかが壊死しますし、付き纏おうとした足が壊死します。要するに、夜道でも皆さんが安心して歩ける仕様にしております」
女子生徒達がホーウと頷いた。対して男子生徒達は「わざとぶつかられるとかあんの?」と怪訝そうだったが。
「えっと、質問いいですか?」
「どうぞ」
控えめに手を挙げた女子生徒を彼女は促す。女子生徒は意を決したように話し始めた。
「わざと鞄を押し付けてくるとか、傘でつついてくるとか、直接触ったりしない場合もあります。それは防ぐ事はできますか?」
「質問自体が辛いかもしれませんね。訊いて下さりありがとうございます。回答の前に、まずご気分は大丈夫ですか?」
彼女が優しくかつ慎重な口調で訊くと、女子生徒は「大丈夫です」と答えた。
「そういったケースも想定しておりますので、防げます。その場合は、鞄や傘を持つ手を壊死させます。また盗撮の場合はカメラを仕込んだ場所、例えば靴だったら足を壊死させますし、スマートフォン辺りを使おうとした場合は、目が壊死します。つまり、皆さんに加害者を絶対に近付けさせませんし、加害をさせません」
「だから『アイギス』…。『絶対防御の無敵の盾』か…」
「はい。持ち主である女神アテナが『男性を寄せ付けない』女神というのもありますが」
菅凪教授の呟きが聞こえていたらしく、彼女は答えた。
「あの、それって傷害事件とかにならないですか?」
「ああ。『アイギス・シリーズ』で身体の異常を発生させる事そのものが罪になるかならないか?ですね。なりませんよ」
これまた別の女子生徒に、彼女は答えた。
「そもそも近現代の日本の法律において、呪殺を裁く事はできません。実際に判例がありますので、そこは大学のデータベースで調べた方が早いと思います。第一、『アイギス・シリーズ』は呪殺までは行ないませんからね。何より、仮に傷害事件と位置付けられたとしても、それは身体の異常が発生した側が犯罪行為に走ろうとした何よりの証左となりますから、どちらにせよ向こうは訴える事ができません」
彼女は改めて全員を見渡した。
「因みに、これはおまけみたいな機能ですが、妖魔除け機能も搭載しております。もし皆さんに近付こうとした妖魔がいた場合は完全に滅しますので、そもそも皆さんが妖魔に気付いたり追いかけられたりだとか、怖い思いをする事はありません」
「いやおまけどころの機能じゃなくありません?」
ゼミ生の1人の言葉に続き、他のゼミ生達も「凄くね?」「おまけって何だっけ?」「もう兵器じゃん」とざわつき始める。しかしゼミ生達の様子は何処吹く風と、彼女は女子生徒達に語りかける。
「なので皆さん。『アイギス・シリーズ』は『外出の際には絶対に忘れない物』。例えば、ご自宅の鍵やスマートフォン等に取り付けて持ち歩いて下さい。あと、大事な事を言っておりませんでした。勿論ですが、『アイギス・シリーズ』にお代は頂きません。差し上げます」
今度は女子生徒達がざわつき始めた。この場が設けられたきっかけ。彼女に最初に『アイギス・シリーズ』を渡された女子生徒が、困惑気味に手を挙げた。
「あ、あの。本当にただでいいんですか?ここまで凄い物を作ってもらったのに、何のお礼もしないとか、何だか申し訳ないって言うか…」
「世の女性達にあくまでも無償で提供するというのが、弊社の社長の方針ですので」
なお、これは社内の話。晴れて正社員となった彼女の為に、『アイギス・シリーズ』を始めとする霊具作成等、霊術での活躍に対する特別手当を付ける話が上層部で進んでいるのだが、この場では口にする必要が無い事である。とりあえず、彼女がいわゆる『やりがい搾取』に遭っていない事は明記しておく。
「なお『アイギス・シリーズ』は商品として展開はせず、あくまでも希望者のみのオーダーメイド制にするのも社長の方針です。何故なら『アイギス・シリーズ』は、それぞれ所有者の生体反応とリンクして機能する仕様ですので。つまり、お側に置いて下さる限り、一生守ります」
おお、と声が上がった。
「因みに、もし万が一落としてしまって、拾った誰かが転売などしようものなら、転売者は10年間インターネットが使えなくなる転売防止機能も搭載しております」
「10年!?」
「10年って年数を限っているだけ、姉は優しいです…。基本『転売死すべし慈悲は無い』なので…」
揃って素っ頓狂な声を上げる全員に、瑤太はフォローを入れた。
何せ、欲しかったあの限定品やらこのチケットやらが買い占められ転売の市場に出されているのを見て、血の涙を流しながら通称『通報レイドバトル』に参戦していた姉である。俗にいう『転売ヤー』に対しては恨み骨髄。これでも容赦している方なのだ。
「万が一、紛失してしまった場合は弊社にお問い合わせを頂ければ、女性スタッフから私に連絡がいきます。再作成も無償で承りますし、もし『もっとこういう機能が欲しい』といったご要望があれば、アップデートも行ないます」
「アフターケアもただでいいんですか?」
彼女は女子生徒の一人に「無償です」と首肯した。
「世の女性達を始め、『弱い立場の人達の味方である』というのが弊社の方針です。ですので皆さん。雇用対象はあくまで女性に限っておりますが、就職活動の際には弊社も視野に入れて下さると幸いです」
彼女が社長を手で示すと、社長は女子生徒達の方を向いて、にっこりと笑った。
「他にご質問が無いようでしたら、以上で『アイギス・シリーズ』の説明会を終了します。もし良かったらですが、お困りの方がいらしたら、口コミで『アイギス・シリーズ』の事を教えてあげて下さい。後は各自で自由に解散で大丈夫です。本日はお時間頂きまして、ありがとうございました」
彼女は全員に向かって一礼してみせた。
気を取り直したように彼女は口を開いた。
「端的に言いますと、害意を持って近付いた者がいた場合、危害を加えるに使おうとした体の部位を壊死させます」
………………………。
先程とはうって変わって、講堂は静まり返った。強烈な言葉に、「壊死…?」と女子生徒達がうすら寒そうにストラップを見つめる。弟に「お姉ちゃん。お姉ちゃん。端的すぎ。もうちょい詳しく」と小声で言われ、彼女は「わかっている」の意味を込めて頷いた。
「ここから先は具体的な話も入りますので、気分が悪くなった方はすぐに仰って下さい」
彼女は慎重な口調で前置きした。
「例えば、通学にあたって電車等の公共交通機関をご利用の方が大半と思われます。そこでもし害意を持って皆さんに近付く者がいた場合、『アイギス・シリーズ』が害意を感知し、加害者にまず警告発作を起こします」
ゼミ生達も女子生徒達も「警告発作?」と首を傾げた。その疑問符を想定していたように、彼女は続ける。
「『警告発作』とは、『アイギス・シリーズ』に込めた霊術で加害者の心臓や肺を締め上げる事により、頭痛や息苦しさ、胸の痛みを与える事です。ここで加害をやめれば最悪でも『車内に急病人のお客様が』で済みます」
「えーとつまり、もし皆さんの周りでそういう症状が出る奴がいたら、そいつは加害者予備軍だって事です。助けなくていいですし、そもそも助ける価値無いですし、なんだったら駅員とか呼べばいいだけです」
彼女の説明に、瑤太が合いの手を入れた。
「与える苦痛を具体的に言いますと、嘔吐感を覚えるレベルの苦痛です。普通でしたらそこで加害をやめる、と言いたい所ですが、その手の不審者に『普通』は通用しません。もし苦痛を覚えても加害行為を継続しようとした場合は、加害に至る前に、例えば手を使った加害でしたら、その手が壊死します」
「いや…何もそこまでする事ないんじゃないですか…?」
ゼミ生のスペースに座る男子生徒が遠慮がちに訊いた。気分を害した様子も無く、彼女は返す。
「この手の犯罪は現代の日本では裁かれにくく、また裁かれたとしても再犯率が非常に高いです。法的に裁く事も再犯を止める事もできない以上、単純かつ決定的な手段として、身体を使い物にならなくする事が一番です」
「そもそも、いきなり身体を腐らせたりしないで『警告発作』っていう猶予を与えているだけ、姉は優しいです…」
これが、いつか瑤太が姉を評して言った『えげつなさ』の正体である。
「でも、間違って手がぶつかったりとかで誤作動とかしないですか?」
別の男子生徒が訊いた。彼女は「ごもっともな懸念です」と頷く。
「そのような事故が発生しない仕様にしております。つまり対象を『標的』と定め『意識』を向けない限りは、『アイギス・シリーズ』は発動しないんです。因みに、これは公共交通機関内の加害に限らず、わざとぶつかってきたりだとか、付き纏ってきたりだとかにも有効です。同じように警告発作が起こり、それを無視した場合は、ぶつけようとした肩だとかが壊死しますし、付き纏おうとした足が壊死します。要するに、夜道でも皆さんが安心して歩ける仕様にしております」
女子生徒達がホーウと頷いた。対して男子生徒達は「わざとぶつかられるとかあんの?」と怪訝そうだったが。
「えっと、質問いいですか?」
「どうぞ」
控えめに手を挙げた女子生徒を彼女は促す。女子生徒は意を決したように話し始めた。
「わざと鞄を押し付けてくるとか、傘でつついてくるとか、直接触ったりしない場合もあります。それは防ぐ事はできますか?」
「質問自体が辛いかもしれませんね。訊いて下さりありがとうございます。回答の前に、まずご気分は大丈夫ですか?」
彼女が優しくかつ慎重な口調で訊くと、女子生徒は「大丈夫です」と答えた。
「そういったケースも想定しておりますので、防げます。その場合は、鞄や傘を持つ手を壊死させます。また盗撮の場合はカメラを仕込んだ場所、例えば靴だったら足を壊死させますし、スマートフォン辺りを使おうとした場合は、目が壊死します。つまり、皆さんに加害者を絶対に近付けさせませんし、加害をさせません」
「だから『アイギス』…。『絶対防御の無敵の盾』か…」
「はい。持ち主である女神アテナが『男性を寄せ付けない』女神というのもありますが」
菅凪教授の呟きが聞こえていたらしく、彼女は答えた。
「あの、それって傷害事件とかにならないですか?」
「ああ。『アイギス・シリーズ』で身体の異常を発生させる事そのものが罪になるかならないか?ですね。なりませんよ」
これまた別の女子生徒に、彼女は答えた。
「そもそも近現代の日本の法律において、呪殺を裁く事はできません。実際に判例がありますので、そこは大学のデータベースで調べた方が早いと思います。第一、『アイギス・シリーズ』は呪殺までは行ないませんからね。何より、仮に傷害事件と位置付けられたとしても、それは身体の異常が発生した側が犯罪行為に走ろうとした何よりの証左となりますから、どちらにせよ向こうは訴える事ができません」
彼女は改めて全員を見渡した。
「因みに、これはおまけみたいな機能ですが、妖魔除け機能も搭載しております。もし皆さんに近付こうとした妖魔がいた場合は完全に滅しますので、そもそも皆さんが妖魔に気付いたり追いかけられたりだとか、怖い思いをする事はありません」
「いやおまけどころの機能じゃなくありません?」
ゼミ生の1人の言葉に続き、他のゼミ生達も「凄くね?」「おまけって何だっけ?」「もう兵器じゃん」とざわつき始める。しかしゼミ生達の様子は何処吹く風と、彼女は女子生徒達に語りかける。
「なので皆さん。『アイギス・シリーズ』は『外出の際には絶対に忘れない物』。例えば、ご自宅の鍵やスマートフォン等に取り付けて持ち歩いて下さい。あと、大事な事を言っておりませんでした。勿論ですが、『アイギス・シリーズ』にお代は頂きません。差し上げます」
今度は女子生徒達がざわつき始めた。この場が設けられたきっかけ。彼女に最初に『アイギス・シリーズ』を渡された女子生徒が、困惑気味に手を挙げた。
「あ、あの。本当にただでいいんですか?ここまで凄い物を作ってもらったのに、何のお礼もしないとか、何だか申し訳ないって言うか…」
「世の女性達にあくまでも無償で提供するというのが、弊社の社長の方針ですので」
なお、これは社内の話。晴れて正社員となった彼女の為に、『アイギス・シリーズ』を始めとする霊具作成等、霊術での活躍に対する特別手当を付ける話が上層部で進んでいるのだが、この場では口にする必要が無い事である。とりあえず、彼女がいわゆる『やりがい搾取』に遭っていない事は明記しておく。
「なお『アイギス・シリーズ』は商品として展開はせず、あくまでも希望者のみのオーダーメイド制にするのも社長の方針です。何故なら『アイギス・シリーズ』は、それぞれ所有者の生体反応とリンクして機能する仕様ですので。つまり、お側に置いて下さる限り、一生守ります」
おお、と声が上がった。
「因みに、もし万が一落としてしまって、拾った誰かが転売などしようものなら、転売者は10年間インターネットが使えなくなる転売防止機能も搭載しております」
「10年!?」
「10年って年数を限っているだけ、姉は優しいです…。基本『転売死すべし慈悲は無い』なので…」
揃って素っ頓狂な声を上げる全員に、瑤太はフォローを入れた。
何せ、欲しかったあの限定品やらこのチケットやらが買い占められ転売の市場に出されているのを見て、血の涙を流しながら通称『通報レイドバトル』に参戦していた姉である。俗にいう『転売ヤー』に対しては恨み骨髄。これでも容赦している方なのだ。
「万が一、紛失してしまった場合は弊社にお問い合わせを頂ければ、女性スタッフから私に連絡がいきます。再作成も無償で承りますし、もし『もっとこういう機能が欲しい』といったご要望があれば、アップデートも行ないます」
「アフターケアもただでいいんですか?」
彼女は女子生徒の一人に「無償です」と首肯した。
「世の女性達を始め、『弱い立場の人達の味方である』というのが弊社の方針です。ですので皆さん。雇用対象はあくまで女性に限っておりますが、就職活動の際には弊社も視野に入れて下さると幸いです」
彼女が社長を手で示すと、社長は女子生徒達の方を向いて、にっこりと笑った。
「他にご質問が無いようでしたら、以上で『アイギス・シリーズ』の説明会を終了します。もし良かったらですが、お困りの方がいらしたら、口コミで『アイギス・シリーズ』の事を教えてあげて下さい。後は各自で自由に解散で大丈夫です。本日はお時間頂きまして、ありがとうございました」
彼女は全員に向かって一礼してみせた。