つまりその女性こそが『社長』。彼女の面接先の最高責任者だったのだ。
結果として言えば、彼女は面接をするまでもなく採用。自分の呼びかけに彼女だけがいち早く動いてくれた事から、見所があると思われたらしい。

「何て言うか、『情けは人のためならず』だねえ」

これは、自宅の最寄り駅に彼女を迎えに来た瑠子の発言である。娘が「一人で大丈夫だ」と言ったものの、母親としては心配だったのだ。

「霊術を使えるのも喜ばれた。『うちの従業員を妖魔から守ってくれたら嬉しい』だってさ」

一般人の間では都市伝説程度にしか思われていない霊術士の存在だが、彼女がカミングアウトすると、『社長』――孫江希美(まごえのぞみ)社長は、あっさりと納得して受け入れた。混雑した駅の中、彼女が大の男の足にあっさりと追い付いた上に瞬時に昏倒させた事と『霊術』の存在が結び付いたらしい。

かくして『霊術を使えるアルバイト』として働き始めた彼女は、直属の上司を通して社長に提案をした。妖魔だけではなく、例えば採用のきっかけとなった不審者のような『生きた人間』からも身を守るアイテムを、社長は勿論スタッフ全員に配るというものだ。何せ彼女の勤務先は、スタッフ全員が女性なのだから。それが彼女が度々口にする『アイギス・シリーズ』の始まりである。

商品として展開するとまでは流石にいかないが、勤務先を頼ってきた女性や子供に渡す分には構わないし、何よりシェルターの良き防御となるであろうと、社長は快くGOサインを出した。
以来、彼女はプログラマー補佐として働く傍ら、せっせと『アイギス・シリーズ』の研究・製作を進めていたのである。
それから約3年の時が経過するとなったある日。社長は「司さん」と彼女に呼びかけた。

「そろそろ進路を決めるとか、忙しくなるでしょ?司さんはどうするつもりでいるの?やっぱり進学?」

彼女が、少なくとも首都圏住まいの人間なら学校名を聞けば「え?『あの』?」と反応が返ってくるような有数の進学校に通っていたからこその問いだが、彼女は「いいえ」と首を横に振った。

「働いて家を支えたいと思います。なので、就職先が決まったら、ここでお世話になるのも終わりになると思います。あ。その時は、ご迷惑にならないように、きちんと言います」

担任や瑠子からも、進学を勧められてはいる。だが彼女としては、お金を使って勉強するよりも、働いてお金を稼ぐ方が切実だと思っていた。
何せ伯母の璃子。働いてこそいるが、家計に一切お給料を入れない。瓊子の「能力まで失ったのにお金を出させるなんて可哀想」という、彼女達3名からすれば全く訳のわからない理屈に甘えて、収入は全てショッピングだ観劇だと自分の遊びに使っている。

つまり、メインで家計を支えているのは母の瑠子なのだ。彼女と瑤太も母の助けになればとアルバイト代を家計に入れているが、何せ所詮は学生の身。入れられる金額には、どうしても限界がある。今や使用人の一人も雇えない財政である以上、彼女が家事全般や庭の整備を始めとする生活及び屋敷の維持を式神達に任せているからこそ、どうにか司家が成り立っている状態だ。

尤も、司家から使用人が一人、また一人と解雇されていって、その代わりのように瑠子と彼女が家事全般をするように瓊子に命じられた時、彼女は言い切った。