「あ......ごめんなさい、人がいると思わなくて」
「いえ」

お互い誰かと会うことを想定してなかったであろう表情だった。
放課後の生物室。彼は何をしていたのだろう。

「忘れ物取りに来て。生物のノート」
「あ、どうぞ。お構いなく」

彼はそう告げると、ふっと背を向けた。
彼が座っているのは、丁度水槽の目の前。コポコポと規則正しい音が2人の間に響く。

また、見ているのだろうか。
あの、真っ直ぐな視線で。

「......何がいるの?」

思わず声をかけてしまい、そんな自分にも驚いた。
別に水槽の中に何がいるのかは興味がない。
ただ、彼のあの視線をもう一度見てみたいと、身体の奥底が妙に疼いた。

「......ウーパールーパー」
「ウ......?」

どこかで聞いたことのある様な名前。なんだったっけ。そんなキャラクター、いたよね。

「見る?」
「え、うん」

思いの外警戒されていないことに安心して、彼の見る水槽に近付く。

中にいたのは、想像の斜め上をいく生き物だった。
薄い桃色の体に、きゅるんと愛くるしい笑っている様な表情。
トカゲ......?の様な身体だけれど、優雅に水槽を泳いでいた。

「これが......ウーパールーパー?」
「そう。正式名称はメキシコサラマンダー。メキシコサンショウウオともいわれるけどね」

すらすらと彼の口をつく名前は到底頭に入らないけれど、ウーパールーパーという親しみやすい呼び名はもう覚えた。

「なんか......可愛いね。キモカワ?」
「ははっ。大体どっちかなんだよね。こいつを可愛いっていうか、気持ち悪いっていうか。キモカワか」

わたしの呟きに思わず破顔した彼を見て、正直かなり驚いた。
水族館にいた時の雰囲気から、もっととっつきにくい人なのかと思っていたけど。

なんだ。こんな風に笑ったりするんだ。