そのまま帰ってもよかったけれど、何となくもう一周1人で水族館を回ることにする。
逆から回ってみても、やっぱり水槽は水槽でしかなかった。

最近の水族館は色々と趣向が凝らしてあって、魚自体は興味はないけれど、その華やかさはなるほど面白かった。

深海の魚達の水槽は、どこかミステリアスな雰囲気だったり、「ニモ」がいる水泡はポップで可愛らしい置物があったりする。

それでも、強いて言えば面白いよね、くらいの感覚で、散歩の速度で水族館を逆走した。

彼氏に別れを告げられて振られたばかりの女子高生が、最後のデート先の水族館を1人巡るなんて、シチュエーションだけだと切なさ満載なのに、当の本人は大して気にしていないところが何とも言えない。

.....嫌い、ではなかったんだけどな。
一緒にいて、楽しい時もあったし。
でも、何だろう。それが友達とどう違うのかと言えば、うまく説明できない。

つまり、恋ではなかったということか。

感傷とまではいかない思い出をサクッと振り返りながら、丁度水族館入り口にある、1番大きな水槽の前に辿り着く。
地下一階から2階まであるこの水族館。その上から下まで全部を吹き抜け状にして作ってある大水槽。
水族館自体にさほど興味はなくても、この水槽の圧巻さには感嘆が漏れる。

でっかいなぁ。なんて、ぼんやり思いながら、下から上までゆっくり眺めてみる。
視線が上まで到達し、そしてまた下まで降りたところで、ふぅっとため息をついた。

今日の水族館デート、おしまい。
入館料の元くらいは、とれたかな。

足早だったとは言え、2周も回ったのだから十分だ。
帰りにスタバにでも寄って、お気に入りのフラペチーノを飲みながら帰ろうかな。
既に思考を水族館から話しながら、帰路に着こうとした時だった。

大水槽の前に、ポツンと置いてある丸い椅子。
ランダムに置いてある椅子は、丁度イルカショーの時間だからか、土曜にしては比較的空いている。

そんな椅子の一つに、彼は腰掛けていた。

白いシャツに、黒いパンツ。
キャップをまぶかに被り、ただ椅子に腰掛けていた。

その視線は、真っ直ぐに水槽の方に向いていて。

水泡の煌めきすら入り込んでいるのではないかと思える程、澄んだ瞳。
その瞳が動く度、長いまつ毛が影を作る。
時折スライドする様に動くそれは、水槽の中の魚を追っているからか。

まるでただ休憩しているかの様な座り方。
だけど、その目を見たら、そうではないことはよくわかる。

今、彼の世界と水槽の世界とは、同じだ。
子ども連れの家族も、友達とはしゃぐ女の子達も、彼氏に振られた女子高生も、そこにはいない。

今この時、この空間は、彼の瞳に閉じ込められた世界だけだった。