夏休みはあっという間に終わり、残暑の残る中二学期が始まった。

結局花火大会の後は浅野と会うこともなく、特に連絡を取り合うこともないまま当たり前の日常が過ぎていった。

LINEを送ってみようかと指が逡巡することは多かったものの、何を送ればいいのか、どう送ればいいのかわからず、結局メッセージは花火大会の日から更新されないままだった。

あの日の手の温もりは、まだ鮮明に思い出せる。
あの日のあの時間の持つ意味は、未だにわからない。

二学期が始まり浅野とどう顔を合わせていいのかわからなかったけれど、放課後生物室を覗いたら当たり前に迎えてくれる浅野がそこにいて、結局その優しさに甘えたまま、様々な感情に蓋をしていた。

何も深く考えずにいたら、当たり前に側に居られる。
それでいいと、自分に言い聞かせていた。


「ねぇ、浅野のクラスは何するの?文化祭」

二学期はイベントが多い。目の前に迫っているのは、目玉イベントでもある文化祭だ。

「巨大迷路らしいよ。毎日段ボールかき集めてる」
「おぉ、大作だ!うち、変わり種カフェやるから来てね」
「変わり種?」
「そう。ちょっと一捻りある飲み物ばっかり。コーヒー風味の炭酸飲料とか、パフェの代わりに唐揚げが乗ってるメロンソーダとか」
「......うん、なかなか想像するとすごいね」
「以外と美味しいよー、わたし毒見係!」

浅野の反応が一般的な反応で、あまり売れ行きの良くない前売り券を半分強引にプレゼントした。

「迷路は友達と行くね」
「俺裏方だから当日はスタッフとしてはいないけど、楽しんで」
「あ、そうなんだ。当日は何してるの?」
「色々回った後は、部活の展示のとこにいるかな」
「え、部活の展示もあるんだ」

それは初耳だ。
でも、文化祭というだけあって、文化部が参加するのは至極当然な気はする。
浅野はカバンから小さい瓶を取り出して、「これ、展示するんだ」と話してくれた。

「瓶?」
「そう。ボトルアクアリウムって言って、小さい瓶の中に水中世界を再現するんだ」
「へぇ......ハーバリウムみたいな感じ?」
「ハーバ......?」
「あ、ごめん、こっちの話」

なんだそれ、浅野はふっと笑い、丁寧に瓶をしまった。
浅野が作り上げる小さな世界。文化祭のワクワクが、また一つ増えた。

「見に行くね!楽しみにしてる」

そう言うわたしを見て、浅野は視線だけをこちらによこし、優しく笑う。
目が合って、きゅっと心臓が締め付けられる。

色んな感情がバレない様に目を逸らし、そのまま水槽に向けた。

何も知らない魚達は、手入れの行き届いた水槽の中を優雅に泳いでいる。

水槽に映る自分の頬が染まってないことを、小さく祈った。