花火大会の会場は人でごった返していて、待ち合わせ場所の土手にある階段がちゃんとわかるか不安になる。

早く着きすぎたかな、なんて思いながら足を向けると、待ち合わせ場所には既に見覚えのあるシルエットが見えた。

いつもと変わらないラフなTシャツに黒いパンツ。
わたしが着ている黒いワンピースがまるでペアルックみたいで、ちょっと恥ずかしくなる。
被っているキャップはいつかの水族館で被っていたそれと同じで、出会いの日をまざまざと思い出させた。

......出会い直しだ、今日は。

そう自分の背を押して、呼吸を整えて側に向かった。

「......ひ、さしぶり」

浅野の横に立ち、声をかける。
彼はそこで初めてわたしに気付き、顔を向けた。

上擦った声も恥ずかしかったけれど、久しぶりに合わせた顔に。心臓が跳ねた。

浅野に振られたあの日を思い出し、ぎゅっと心臓が掴まれる感覚に陥ったけれど、浅野が思った以上に優しい顔を向けてくれて、そんな心がほぐれる。

「久しぶり」

すっと筋を描く浅野の目元が優しくて、安心感と共に思わず涙が溢れそうになった。
慌てて視線を逸らし、感情を立て直す。

「......人、すごいね」

言葉に詰まるわたしに、浅野が言った。

「すげぇ久しぶり、花火大会とか」
「ほんと?あ、友達とか大丈夫だった?今日」
「うん、特に予定なかったし。春日井こそ、よかったの?」
「うん、浅野と一緒に来れて嬉しい」

浅野のいつもと変わらない優しいトーンに、つい本音が漏れてしまう。
そんなわたしに浅野はちょっとだけ口角を上げて、「いこっか」と呟いた。

周りの喧騒よりも、自分の心臓の音が痛い。
触れそうで触れない距離感を保ちながら、わたし達は川沿いを歩いた。


川沿いには屋台も出ていて、人でごった返している。
人の流れに沿うように歩きながら、たまに屋台を冷やかしでのぞいたり、ベビーカステラを購入したり。

最初こそ緊張で強張っていたものの、少しずつ以前の感覚を取り戻し、いつものペースに戻っていた。

「屋台で1番好きなものってなに?」
「うーん......焼きそば」
「定番だなぁ」
「そう言う春日井も、ベビーカステラでしょ?大定番」
「ははっ、確かに」

そんな浅野は焼きそばは買わずに、なんとなくシェアしやすいものを選ぶ。
ちょっとした優しさが浅野らしい。

「あれは?金魚すくい。浅野、やりたいんじゃない?」
「金魚すくいはなぁ......昔はやってたけど、今は苦手で」
「え?なんで?」
「あれ、金魚にとっては凄い負担が大きいんだよね。傷付きやすいし。それ知ってから、なんとなく躊躇うようになった」

前に聞いた水族館に対する葛藤に近いものがあるのだろうか。
浅野に掬ってもらえる金魚は幸せだと思うけど、金魚すくい自体に興じることすら躊躇いがあるのかもしれない。

優しいなぁ、本当に。

「あ、でも春日井がやりたいなら、付き合うよ」
「ううん、大丈夫。連れ帰っても浅野みたいに上手く育てられる自信ないし」
「そっか」

今までは何も考えていなかったことも、浅野と話していると新しい視点をもらえる気がする。
周りに少しだけ、優しい視点を向けることができる。
博愛主義者も、あながち間違いじゃないと思う。

「花火、もうすぐかな。どの辺りで見る?」
「あ、わたしオススメの場所知ってるんだ。こっちこっち」

屋台の流れから少し逸れ、土手の方に上がる。
そこでも十分綺麗に見えるけれど、もう少し先にある神社の裏手は、なかなか穴場で見やすいのだ。

「中学の頃からこの辺でよく見てるんだ。地元の人は知ってるんだけど、みんな土手で止まるから人も少なくて」
「そうなんだ。いつもは友達と?」
「うん、友達とか、彼氏とか......」

そこまで言って、口籠る。
このワードを今口にするのは、間違っていたかもしれない。

2人の間の時が止まる。

あの日の出来事には、触れなかった。
触れるべきなのだろうか。もう一度、伝えるべき?

でも、そうすることでまた2人の距離が空いてしまうのは嫌だった。
触れなければ、今まで通りの関係でいられる。
浅野の話を聞いて、笑い合って、心地いい距離感で。

......このままで、いいんじゃないかな。

「......春日井、あの、」
「この前のね、あれ、忘れて」

浅野からもう一度拒否される前に、わたしは慌てて言った。

「ごめんね、困るよね。わたしも、何か勢いに任せちゃったっていうか......うん、なかったことで!今まで通り、仲良くしよ」

努めて明るくそう告げるわたしに、浅野は少し目を丸くする。
そのまままっすぐ、わたしの方を見ていた。

浅野の視線が全てを見透かしている様で、胸が痛い。

目が合っていたのは、何秒間だっただろう。
浅野が何か言い出す前に、この話を終わりにしたい。
このまま何事もなかったかの様に、前の関係に戻りたい。

浅野の口元が少しだけ動く。
どくんと心臓が跳ねたその瞬間だった。

浅野の背に、大きな花が咲いた。

2人とも不意に空を見上げる。

耳をつんざく様な音と共に、花火が始まった。

「うわぁ......」

次々と上がる花火と轟く音に、思わず感嘆の声が漏れる。
それは浅野も同じだった。

「すげぇ」

百花繚乱とは正にこのことだ。
次々と立ち上がる夏の風物詩は、2人の間に留まっていた時を簡単にほぐしてくれる。

「......綺麗」
「うん」

言葉は殆どなかったけれど、同じ感動を共有していることはわかる。
わたし達はただただ、うち上がる花火達を眺めていた。

その時間は、限りなく永遠で、一瞬だった。