浅野に解説してもらいながらゆっくりと展示を巡り、気付けばもう2時間近くたっていた。
時間の経過を忘れる程楽しい時間で、今日1日で少しだけ水族館の魚達に詳しくなった気がする。

最後の展示を見終え、気付けば出口付近のミュージアムショップの手前に来ていた。
こんなに水族館を満喫したのは、生まれて初めてだ。

「あー楽しかった!ありがとう、浅野のおかげで水族館って楽しいとこなんだって知ったよ!」
「そりゃよかった。こちらこそ、飽きずに付き合ってくれてありがと」

ふふっと顔を見合わせて笑いあう。
なんだかいい感じの雰囲気に、心が跳ねる。
「そろそろ帰ろっか」という浅野の横に立っている看板を見て、ふとわたしの動きが止まった。

「......ねぇ、浅野。大事なイベントを見逃してるよ」
「え?」
「イルカショー!すっかり忘れてた!7時半からの最終のショー、今からなら間に合うよ!」
「あぁ、そう言えばあったね。見たい?」
「え?何言ってるの?水族館に来てショー見ないとかあり得ないでしょ!え、浅野もしかして見たことないの?」

まさかの展開に、わたしは目を見開いた。
これだけ水族館に来ていて、彼は今まで目玉のショーを華麗にスルーしてきたのか。

「うーん、あんまりショーには興味がなくて.....」
「ダメダメダメ!行こう行こう!今度はわたしがショーの楽しみ方を教えてあげる!」

戸惑う浅野をぐいぐい引っ張って、わたしはイルカショーの会場へ足を進めた。

夜のイルカショーはそれはそれは綺麗で楽しくて、わたしのテンションは上がりっぱなしだった。
今一盛り上がり方のわからない様だった浅野も、次第にわたしのペースに巻き込まれていく。

暗闇に光る水飛沫も、イルカの鳴き声も、お客さん達の歓声も、わたし達の気分を高揚させてくれる。

ショーの終わりには、手拍子をしながら楽しんでいる2人の姿があった。


ショーが終わったと同時に閉館の音楽が流れ始め、お客さんは皆出口へと流れていった。
わたし達も後ろ髪引かれる思いで、その流れの中に入る。

「あー楽しかったー!ね、イルカショー見ないで水族館は語れないでしょ?」
「うん、思った以上に楽しかった」

浅野の楽しそうな笑顔に満足感を覚えた。
何か一つでもわたしから浅野に楽しみを伝えられて嬉しい。

「今日はありがとね」

水族館を出て、公園の芝生に差し掛かるところで、浅野がわたしにそう告げた。
今正にわたしがそう言おうと思っていたので、驚いて足を止める。

「久しぶりに誰かと水族館に来たけど、誰かと来てこんなに楽しかったのも初めてかもしれない。今日ももしかしたら、春日井退屈に感じるんじゃないかとかちょっと思ってたんだけど、ずっと隣で俺の話聞いて笑ってくれてて、安心した。
ありがとう、楽しんでくれて」

夜の闇と公園のライトが、2人の間に影を落とす。
遠くで聞こえる水族館のお客さん達の談笑が、まるで別世界の様に感じる。

浅野の言葉ひとつひとつがわたしの心に沁みて、不覚にも目頭が熱くなってしまう。

「......こっちのセリフだよ。勝手について来て、本当は浅野、1人でゆっくり楽しみたかったんじゃないかななんて思ったりもしたけど......そんな風に言ってもらえて、嬉しい」

今日1日で、浅野の色んな面を知れた。
ただ単に、好きなものに夢中になってる男の子だけじゃない、素直なところや優しいところ。

そして多分わたしの心の違う感情にも、出会えた気がする。

「......ねぇ、浅野」

好きなことに夢中な姿だけじゃない。
もっと、浅野のことを知りたい。

「付き合わない?わたし達」

水族館で、すぐ側に感じた浅野の体温。
浅野の近くに行きたいと、わたしの心が言っていた。

唐突なわたしの告白に、浅野は目を丸くする。
2人の目が合っていたのは、どれくらいの時間だろう。
わたしの心臓の音だけが、夜の空気を満たしている。

......やがて、少しずつ周りの喧騒が耳に戻り、同時に浅野の視線も逸れた。

「......冗談、言うなよ」

ははっと乾いた笑いで、浅野は呟く。
すっと視界が塞がれた気がする。

「......冗談?」
「この前も、坂上君達と盛り上がってたじゃん。春日井と俺とは......そういう世界は、違う」

浅野の言葉は、真っ直ぐにわたしの心を刺した。
教室で感じた距離を思い出す。
近付きたくて、もどかしかった教室での距離。
今日、その距離が縮まった気がしていたのに。

『そういう世界は、違う』

縮まったと思っていたのは、わたしだけだったのか。

「......違うって、なに」

わたしも視線を落とし、呟いた。

「何が違うの?わたしだって、浅野と同じ普通の高校2年生だよ。わたしには浅野みたいに自信を持って好きだって言えることもないけど......同じだよ。変わらないよ」

浅野みたいに、自分の中で誇れるものなんて何もない。
ただ代わり映えない毎日を、淡々と生きてるだけ。
......そこが違うと言うのなら、わたしと浅野は永遠に交わらない気がする。
同じだと言いながら、決定的な違い。
今のわたしは、浅野みたいになれない。

「......馬鹿にしないで」

絞る様に吐き出して、わたしは踵を返した。
浅野は追いかけることもせず、声すらも追ってこない。

やるせなさと、悔しさと、恥ずかしさと、大きな焦燥感が、湿気を包んだ空気と共にまとわりつく。

つんと目の奥が熱くなったけど、気付かないふりをして走る。

水泡の音だけが、耳の奥で鳴り響いていた。