「うわぁ......」
大水槽のエリアに入った途端、今までとは打って変わってとても幻想的な雰囲気に包まれた。
照明を限りなく落とした空間は、まるで海の底の様。
天井まで続く大きな水槽は控えめなライトに照らされて、まるで海底を散歩しているかの様な雰囲気だ。
魚が泳ぐたびに、キラキラと光るのは鱗だろうか。
魚に興味がないわたしでも、一瞬我を忘れる程に見合ってしまう。
「凄いねぇ......すっごく綺麗」
「うん。ここが今日の一番の見どころ」
隣で浅野はわたしと同じ様に水槽を見上げながら、とても満足そうな表情を見せていた。
「凄いよなぁ。海の底にいるみたいだ」
「うん、わたしも全く同じこと思ってた」
浅野と同じ気持ちになれたことが嬉しくて、思わず笑顔で浅野の顔を見上げる。
水槽のほんの少しの光に照らされた浅野の横顔は、凹凸がはっきりと見えていつもより整って見える。
ドキッと心臓が跳ねるが、その迷いのない真っ直ぐな目元に、思わず表情をなくして見入ってしまった。
「......魚が好きで、小さい頃からたくさんここには通ってきたんだ。最初はただただ楽しくて、夢中になって眺めてたんだけど。でも魚のことを知るたびに、本当ならもっと大きな海や川で自由に泳いでいたんだよなぁって思う様になって.....一時期、水族館に来れなくなった」
ゆらゆらと泳ぐ魚を眺めながら、浅野がゆっくりと話す。
魚のことはよく話してくれるけれど、浅野自身のことをこんなに話してくれるのは初めてかもしれない。
わたしは黙って、その横顔を見つめる。
「そんな時、ナイトアクアリウムに連れてきてもらったんだ。その時の感動は今でもよく覚えてる。人工的な光や仕切りをなくしてひとつの流れになった水族館には、確かにひとつの世界があったんだ。
この大水槽もこうして見たら、ちゃんとひとつの世界で、ひとつの海なんだよな。
水族館で働く人達は、魚達のためにちゃんと世界を作ってくれてる。そう思ったら、前よりもっとここが好きになった」
魚に対して思い入れのないわたしとは違って、きっとこうした狭いところに入れられた魚を見ることに、大なり小なり葛藤があったんだとわかる。
またひとつ、浅野のカードがめくれた気がした。
「自分で育てて観察する時も、出来るだけ居心地良く、できるだけ自然に近く、ちゃんとそれぞれの世界を作ってやろうって、そう思ってる。魚達を近くで見たい、育てたいって思うのは、俺のエゴだから」
色んな葛藤を経て、今の浅野がある。
浅野がエゴだという思いも、わたしから見たらそんなに悪く思えない。
だって、水槽をみる浅野の目は、とても優しい。
「......浅野に見てもらえる魚達は、幸せだね。わたしがもし魚だったら、浅野に育ててもらいたいなぁって思うよ」
ぽつりと言ったわたしの方を見て、浅野は少しだけ目を丸くした。
暗い水族館の中で目が合う。浅野の瞳に映る光は、とても綺麗で。
「......春日井が魚か。何だろうな。グッピーかな」
「ん?褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
ははっと破顔する浅野に、わたしも思わず笑う。
浅野は本当に魚が好きで、本当に魚のことを思ってるんだなと、改めて感じていた。
今まではそんな浅野の話を聞くのも顔を見るのもただただ楽しい時間だったけど、今少しだけ、胸がチリッと痛む自分に気付く。
その理由がほんの少し、わかりかけていた。