素材を採取しながら砂漠を移動していると遠目に緑地らしきものが見えてきた。
「小さいオアシスね」
「本当だ」
ティーゼの集落の傍にあるものに比べると、かなり小さいがしっかりと綺麗な水が溜まっている。
周囲には草木の他に木々が生えている。
「随分と背丈の高い木だね?」
特に気になったのは生えている木々の中で、ひと際高い背をしている木だ。
樹高二十メートルくらいあり、たくさんの羽根状の葉と楕円形の黄色い実をぶら下げている。
「ナツメヤシという木ですね。ぶら下がっている木の実はデーツといいます」
ナツメヤシを見上げながらティーゼが詳しく教えてくれる。
このデーツとやらは、そのまま食べてもよし、乾燥させて保存食にしてよし、酒、シロップ、食酢などに加工してもよしという万能の調味食材でもあり、この砂漠で安全に手に入れられる貴重な甘味であるらしい。
「へー、それだけ便利なら農業ができた際は積極的に育ててもいいかもしれないね」
元からラオス砂漠で自生している木だけあって、乾燥した空気や暑さには耐性があるのだろう。
使い道も多く、保存食にもなるために増やして損になる食材ではなさそうだ。
「ぜひ、そうして頂けますと嬉しいです!」
「とはいっても、品種改良が上手くいけばですけど……」
ナツメヤシであれば、そのまま植えても育ってくれそうだが品種改良が上手くいく保障はない。
そのために今は少しでもサンプルになりそうな素材を集めるとしよう。
「申し訳ありませんが採取を手伝ってもらってもいいですか? 普段、この辺りまでは足を運ぶことは少ないもので……」
「そうなの? ティーゼの翼があれば、集落からそこまで遠いってわけでもないと思うけど?」
空を飛ぶことのできる彩鳥族であれば、それほど時間もかからないだろうし、滅多に足を運ばないという言葉が少し不思議だった。
「この辺りは赤牛族の縄張りとの境界線になります。無用な諍いを起こさないために、ここ最近は近寄らないようにしているのです」
「そういうわけだから、ずっと近寄らないでくれたらよかったんだがなぁー」
ティーゼの言葉に納得して頷こうとすると、突如として知らない男性の声が響いた。
声のする方へ振り返ると、そこには巨大なトマホークを手にした男が立っていた。
砂漠の魔物の革を利用した野性味のあるジャケットを羽織っている。
驚くべきは二メートル近くを誇る大きな体躯と、頭頂部から生えた牛のような角だろう。
後ろにいる同じような格好をした男たちも同様に牛のような角が生えている。
「キーガスですか……」
「よお、ティーゼ」
気安い男の口調にも驚いたが、それよりも驚いたのは誰に対しても丁寧な口調をしているティーゼが敬称を付けなかったことだ。男性を見る目もどこか嫌そうである。
「……誰?」
「彼はキーガス。赤牛族の族長です」
レギナの質問にティーゼがきっぱりと答えた。
どうやら彼らがラオス砂漠に住むもう一つの氏族。赤牛族のようだ。
ジャケットや革鎧などに赤の模様こそ入っているが、身体的特徴に赤い部分はない。
一体どういう特徴があって赤牛族という種族名が付いているのやら。
「何をしにきたのですか?」
「見ての通り、狩りが終わったからオアシスで休憩をしようと思ってな」
「でしたらそっちの方で休んでいてください」
ティーゼがきっぱりとキーガスとの距離を置く。
食料などの資源を巡り合って、何度も争いを起こしていることもあり、顔を合わせたくもないだろう。
「そうしたいところだが、今日はえらく珍しい仲間を引き連れているから気になってよ」
キーガスの視線が俺たちの方へと向く。
彩鳥族と赤牛族しかいないとされる砂漠に、まったく別の種族の獣人と人間族がいれば気になるのも当然か。
「まさか他所の種族と手を組んで資源を独り占めしようなんてことは考えてねえよな?」
「そんなことは考えていません」
「じゃあ、こんなところで何をコソコソしてやがる?」
「あたしたちが何しにやってきたのか気になっているようね!」
ティーゼとキーガスが睨み合う中、レギナが堂々と前に出る。
「……ライオネルの娘か」
「レギナよ。覚えておきなさい」
「で、何をしにきたっていうんだ?」
「イサギ、説明をお願い」
ええっ!? そこまで堂々と言っておきながら詳しい説明は俺任せなの!?
まあ、レギナはこういった事情を纏めて話すのは苦手そうだし、別にいいんだけど……。
「錬金術師のイサギと申します。レギナ様に代わって、俺たちがここにやってきたワケを説明します」
俺は前に出ると、胡乱な視線を向けてくるキーガスに説明する。
ライオネルに頼まれ、資源争いをなくすために食料事情を改善しにきたことを。
「この砂漠に農園を作るだと?」
「はい」
こくりと頷いた瞬間、キーガスだけでなく後ろにいる男たちから嘲笑があがった。
「乾いた空気、降らない雨、日中は灼熱の空気が渦巻き、夜には凍てつく風が吹きすさぶ……こんな大地でできるわけねえだろ?」
砂漠で農業をするのが過酷なのはわかっている。
けど、こうも真正面から言われると、ちょっとだけイラついてしまう。
だけど、言い返すことはできない。なぜならばまだ実際に砂漠で育つ作物を作ったわけではないからだ。なんの確証もない中でできるなんて無責任なことは言えない。
キーガスのもっともな指摘に言い返すこともできずにいると、後ろから大きな声があがった。
「できます! イサギ様であれば……ッ!」
「そうよ。イサギは父さんが認めた錬金術師なのよ? できるに決まってるじゃない!」
だけど、確証もない中、胸を張って言い張るメルシアとレギナがいた。
「はぁ? 暑さで頭が狂っちまってんのか? ……おい、ティーゼ。お前は別に信じてねえんだろ? 王族の命令だから仕方なく道楽に付き合ってるんだよな?」
「私は信じておりますよ。イサギさんであればこの砂漠であっても作物を育てることが可能だと」
「はぁ? お前までそんなことができるって思ってるのかよ? 信じられねえぜ」
ティーゼの揺るがぬ様子にキーガスは面白くなさそうな顔になる。
「でしたら結果で示してみせます。ラオス砂漠でも作物を育てるのが可能だということを」
キーガスと俺は初対面だ。俺が錬金術でどのようなことができるかも人柄もわからない。
だとしたら結果で示すしかない。
メルシア、レギナ、ティーゼが信じてくれているんだ。本人である俺が弱気でどうする。
確証がないなんて情けないことは言っていられない。
皆の生活を豊かにするためにやるんだ。
ライオネルに頼まれて長旅の果てにここにやってきたが、ようやく真の意味で覚悟が決まった気がする。
「ほお、面白いじゃねえか。そこまで言うならやってみろよ。まあ、無理だとは思うがな」
キーガスはニヤリと笑うと、くるりと背を向けて歩き出した。
それに続く形で他の赤牛族の男たちも付いていく。
「何よ、人のやろうとしていることをバカにしてムカつく奴等ね」
「イサギ様が品種改良に成功した暁には、彼らは私たちに泣きつく羽目になるのですから問題ありません」
キーガスたちの後ろ姿を見ながらレギナとメルシアが言った。
傍目にはメルシアの方が冷静なようには見えるが、付き合いの長い俺には彼女の腸が煮えくり返るほどの怒りを抱いていることがわかった。
俺もキーガスの物言いには多少イラっときたが、俺以上に怒ってくれている人がいると落ち着くものだ。
「まずはそのためにも成果を出さないとね」
「ええ。この先に色々な魔物が棲息している場所があるので案内しますね」
「お願いします」
オアシスで休憩を挟むと、俺たちは引き続きサンプルとなる砂漠素材を集め続けることにした。