「……あの」

 彼が来たのは数日経ってからだった。やけに強張った顔で来た彼を、月野はいつものふんわりとした笑顔で迎え入れる。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、鈴木さん」

 その声に、カウンターの中で作業をしていた七尾も身を乗り出して挨拶をする。

「いらっしゃいズッキー! こないだぶりッス!」
「ああ。……先日はどうも」

 鈴木は困ったような、それでいて感心したような複雑な表情で七尾の全身を眺めた。

「いやぁ……こないだは容姿が全然違うからまったく分からなかったよ。変装がお上手ですね」
「んー、変装じゃなくて変化(へんげ)の術なんだけどなぁ」
「たいして変わんないんだから名前なんて別にいいでしょ化け狐」
「わぁ、宇佐美さんってば相変わらずオレにだけ辛辣!!」

 七尾の叫びを華麗にスルーして、宇佐美はパッと営業スマイルを浮かべる。

「鈴木様ですね。初めまして、(わたくし)宇佐美と申します。先日は残念ながらお会いできず、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」
「ああ、あなたが宇佐美さんですか。お話は七尾さんから聞いてますよ、色々と」
「……色々と?」
「ええ。クールビューティーな毒舌副局長兼秘書の宇佐美さん。仕事が出来て料理が上手い、自分に対して氷対応だけどそれは全て愛情の裏返しなんだ、と楽しそうに語ってましたよ。皆さん仲が良いみたいで羨ましいです」

 宇佐美は超合金でも貫通させてしまう弾丸のような鋭い視線を七尾に送った。防衛本能が働いたのか、七尾は目が合う前にばっと顔をそらす。危険を察知した月野は急いで本題を切り出した。

「鈴木さんは、お手元に届いた手紙の件でいらしたんですね?」
「……ええ」
「ではどうぞこちらへ」

 応接室と書かれた小部屋で向かい合うように座る。鈴木は淡い紫色の封筒を机に置くと小さな溜息をついた。

「……彼女、やっぱり来たんですね」
「ええ」
「私の事は口外しないようお願いしていたはずですが」
「もちろん。約束は破っていませんよ。あなたの事は彼女に一切話してませんから」

 宇佐美が用意してくれた麦茶の氷がカラン、と音を立てる。

「単刀直入に聞きます。私の正体を教えたのはあなた達ですか?」
「いいえ違います。手紙になんて書いてあったのかは知りませんが、もし彼女があなたの正体を知ったというのなら、それは彼女がおばあさまの言葉を信じたからじゃないでしょうか。おばあさまは生前〝自分の初恋の人は不老不死だった〟と彼女に言っていたそうですから」
「…………」
「それに、彼女は鈴木さんにそっくりな男性が写った古い写真を持っていましたからね」
「……そうですか」

 鈴木は諦めたように力なく笑った。

「当時は〝中村〟と名乗ってましたけどね」
「おや、中村さんでしたか」
「名前はたくさんありますよ。ありすぎて大半は忘れました。まぁどれも偽名だからいいんですけどね。しかしまぁ……よくこの短期間でここまで調べましたね。あなた達の調査能力には脱帽です」
「前に言ったでしょう? うちの局員はみんな優秀だって」
「いっそのこと探偵にでも転職したらどうです? 儲かると思いますよ?」
「ははっ。考えてみます」

 冗談めいて笑みを見せた月野は一旦口を閉ざす。そして躊躇いがちにゆっくりと切り出した。

「すみれの髪飾り。彼女、とても感謝していましたよ」
「ええ。この手紙にも書いてありました。あれは私の自己満足でやっただけなのに……」

 鈴木はゆっくりとグラスに口を付ける。

「……何から話せばいいのやら。なんせもう何百年も生きてるものですから」
「不老不死、ですね」
「ええそうです。うちはちょっと特殊な家系でして。男は皆、不老不死の身体を持って生まれてくる宿命なんです。いや、呪いと言った方がいいですかね。二十代の肉体のまま、死ぬことの出来ない人形のような存在。私はその末裔(・・)です」
「末裔?」
「ええ。こんな思いをするのは私で最後にしたいのでね」

 鈴木の言葉に月野の顔が曇った。

「私はね、月野さん。不老不死は常に孤独との戦いだと思ってるんですよ。どんなに愛していようが、みんないつか私を置いて先に逝ってしまう。私は後を追うことも出来ず、哀しみを背負って独りどこかへ旅立たなければならない。親しい友人を持つことも、愛する恋人と温かい家族を持つことも出来ずいつも独りぼっちだ。……私は誰かを悲しませることは出来ても、誰かを幸せにすることは一生出来ない」

 目を瞑って深く息を吐き出すと、鈴木は懐かしむように言った。

「すみれさん……百合さんのおばあちゃんですね。彼女に出会ったのは、そんな自分の運命に疲れ果てていた時でした」